彼に
母との関係を尋ねられた
平凡に育った人には理解できないだろうからあまり言わないでいたんだけど
父が亡くなってから数えきれないほど引越しをしたこと
母がつき合っていた男性を追いかけて転々とした
一緒に暮らして『お父さん』と呼ばされていたこと
転校がとても嫌だったこと。。。
「もしかして夜のアノ声とかきこえちゃったりした?」
「あったね。5年生か6年生の時、まだなんのことかわからなかったけどなんとなく誰にも言っちゃいけないことをしているのはわかったよ。
もっとたくさんあったかもしれないけどヒトってほんとに嫌なことは記憶から消そうとするのかな、そういうので覚えてないだけかもね」
「そうなんだ」
「でもね、そんなのよりもっと嫌だったのはね。。。たまに夜中にね、ものすごい大ゲンカするんだよ。`お父さん’が怒鳴ってお母さんがわめいて、どったんばったん、モノを投げたりする音が聞こえたり そのうちお母さんが悲鳴をあげて ぶたれたような音も聞こえて。。。怖くて眠れなくて。 あれはホントにいやだったな。だから今も怒鳴ったり大声出されたりするのは苦手なの。ホントにいや。。。」
彼の顔がみるみる曇る
そして私の手を握り締めて
「ごめんね。ホントにごめんね。」
ああ
たびたび私に怒ったりどなったりしたこと想い出したんだね
この頃はそういうこともめっきり減ったけどね
「俺なんてなんだかんだごくごく平凡な家で育ったからこれといって苦労もないけどはなは大変だったんだね」
そういって頭をなでてくれた
長距離トラックの運転手だった`お父さん’の仕事について行っては家を留守にしていた
友達と別れる時友達は明かりのついた家に「ただいま!」と大きな声で言いながら入っていった
それがとてもうらやましかった
誰もいない私の家はいつも暗くて自分で電気をつけて
炊飯ジャーの中で古くなって少し嫌なにおいのするご飯をよそってシーチキンだったり鰹節だったりある時はお茶漬けにしたり
一人で食べて一人でテレビを見てひとりで寝ていた
うちはそういうものだった
「はなの朝ご飯は?作ってくれなかったの?」
「そんなのないよ 笑 食べないで行ってたよ。朝は二人とも寝てるか、まだ帰ってきてないかだったよ。部屋をそっとのぞいて寝てるときは起こさないように静かに学校行ったりしてた」
「。。。」
自分に子供が出来てその子供が愛しくて愛しくて
その大事な子供にそんな暮らしを、そんな思いをさせていた母
男を優先していた母を初めて酷いと思った
ありえないと思った
許せることではない
今老いて私を頼るのはやめてほしい
そんな都合のいい話
学校すらまともに出してくれなかったじゃない
彼にはそこまで話さなかったけどただ
「母との確執は誰に話してもわかってもらえないと思うから言わないけどそりゃいろいろあるんだよ」
とだけ言った
彼は黙ってうなずいてた
私の母は隣の市で一人くらしている
数年前に大病を患って もう運転免許も返納したからそれは不便な暮らしをしていると思う
でも私は極力よりつかない
今年初めに携帯電話だけ、高いキャリアを解約させて格安SIMを私が契約して端末も用意して母に渡した
そういった必要時以外は滅多に行かないのだ
いつか母が死んだとききっと後悔するのかな
もう少し優しくしてあげたらよかったって 涙するのかな