茶花宗耕
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朔風払葉に侘助開花

昨日、待ちにまった我が家の侘助が一斉に蕾を膨らませ開花しはじめた。本日は、仕事であったが昨日会社に行く道中庭の侘助のことを考えつつ、神田駅から日本橋に向う中央通りの街路樹の椿を見つめ心に決め休みとした。 侘助さんと対坐するためである。好い時に活け侘助には喜んでもらい悦ぶ。

あーたまらない。

茶花宗耕

  花  : 侘助椿

 花入 : つるくび 村上木彫堆朱
 敷板 : 糸巻花台

茶花宗耕


これも好いあれも好いと、目移りしながら花を選る。この侘助は、咲いた景色が好い、このままにしておこう

茶花宗耕

床は、護良親王筆(複製)で幽閉されていたときに書かれたものとのこと。


茶花宗耕


侘助の命名は、秀吉公と伝わる。現代まで茶の湯文化が脈々と伝わり広がることが出来たのも太閤さんが居なくてはじまらなかったと思う。 

山上宗二の鼻耳を削ぎ惨殺し、千利休、古田織部らを切腹に追い込み、この茶の湯に命をささげた三人へ同時に永遠の命を授けたことに始まった。刀に対し、禅に育まれた茶の湯の意志で戦い勝ったのだ。

なんとも、かっこいい!

茶花宗耕

「・・・・・・・・・・」と侘助さん

早朝小雨のなかコスモスを頂戴する

今月もう一度コスモスに会いたく、早朝小雨降るなか、愛犬空の散歩に出る。 目当ての場所に到着すると残り少なく咲く痩せたコスモスの群れから一輪頂戴する。 庵に戻り、玄関先の紫式部と取り合わせ投げ入れる。

茶花宗耕

 花  : 秋桜 紫式部

花入 : イタリア古窯 19世紀
敷板 : 淡々斎好み 糸巻花台


茶花宗耕



茶花宗耕
小雪が過ぎもう冬であるが小雨降るなか今朝ははさほど寒くなく秋桜も頑張っていた。 しかし、そろそろ疲れ気味、庵に戻り速攻にて50℃の湯を張り、すかさず秋桜を入浴させる。 待つこと2分程、秋桜の背筋がピンと伸びたのを確かめて、しおらしい紫式部(残念ながらその間葉が二枚程飛散)を纏わせ写す。

昔、煙草は、草かんむりに良いとかいて莨(たばこ)であった

親しい友に、辻調理師学園元講師、俳優の川津雄介氏のお店で永年シェフとして活躍していた堀之内清隆が居る。味に煩い氏のお父上も、やはり味にうるさかったが、たばこの味を極めた。

お父上は、旧専売公社(日本たばこ産業)でブレンダ―をし、我々が御世話になったハイライトやショートホープ、セブンスター・・・と、ほとんどの日本のたばこの味を決めていた堀之内静男さんである。御歳八三歳。

現在は、そのこだわりを竹細工に活かし、素人離れした作品を数多く製作している。 この度、ご子息をつたわり写真の釣掛け花入を頂戴した。 活ける楽しみが増え誠に感謝、有難う御座います。

茶花宗耕


亀甲竹の竹根を鋭く仕上げており、景色共々誠見事である。舟に乗った山茶花が「わーい」と云っている。

茶花宗耕


茶室におかれる、煙草盆。本来は、草かんむりに良いと書き”莨盆”としていた。煙管、巻煙草の時代である。

茶花宗耕

宗耕は週に1本程嗜む。シガバー、お酒の席、ほっと一息、そんな時良い草を思い頂戴する。 健康第一禁煙は正しく喫煙は悪。これは個人の自由であるが、茶っけを重んじる旦那衆としては、なにも極端に辞めるというよりも、自己管理して少し嗜む程度の莨は大人の楽しみに残しておくべきと思えてならない。





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