傷痕
リーフ作品のことではありませんので悪しからず(笑)
むかしから外を駆け回って遊ぶ子供に「生傷が絶えないね」と苦笑まじりに大人が言うことはよくあるが、実は大人でも知らず知らずのうちに傷をつけていることがある。
それは例えば印刷会社であればカッターの傷のように仕事柄のものから、不注意で転んでつけてしまった傷など理由はそれぞれだ。
傷は肉体の記憶である。どこでどのようにして何故ついたものか、それを見ることで呼び起こされる記憶があるなら傷は人生そのものの軌跡でもあるだろう……が、しかし。
覚えていない記憶があるように、自分の体にどこでつけたのか身に覚えのない傷を見つけたことはないだろうか? といってもたぶん泥睡してつけたとかそういった類のものではない。「たぶん」と推測さえつかない原因不明の傷のことだ。
例外を除いて、体に傷がつくと人間は痛みを感じる。例えば手のひらに画鋲が刺されば痛いと思う。この痛覚からの刺激は神経を通じて脳にもたらされる生きるための重要な感覚のひとつだ。
これは当然表層意識にも影響するので、正常状態の人なら自分が傷ついたことをその瞬間に理解することができる。いや、痛みを強制される。
身に覚えのない傷は、しかしそういった人の生まれながらに持っている感覚を無視したものだ。なぜなら痛みの記憶を持たない傷だからだ。
ふらっと現れる神出鬼没な人のように、その傷もいつの間にか意識下にあるのである。そこで初めてどこでつけたものか考えるが、答えは出てこないのだ。分かるのは『どこかでつけた傷』ということだけ……。
この傷が、私の左手外側の親指付け根部分にある。何かで引っ掛けたような切り傷だ。その長さたるや、一センチ強!!
気づいたときには血の凝固作用で固まっていたが、今は血がにじんでいる。ポッキーを食べていたのでチョコが皮膚についたのかと爪でイジったのが原因だ。
小さな痛みを感じたおかげで気づけたが、傷口を無理やりこじ開けていたのかと想像してしまって気持ちが悪い。スプラッター映画は平気なんだがね……?
応急処置として舐めておいたが、よくよく考えてみればベロなんて細菌の宝庫を傷に引っ付けて良かったのだろうか? 微生物を傷口から体内に侵入させてしまったと考えたら……気持ちが悪い。妄想力で舐めてくれたのは美人さんだと思い込もうとしたが、容姿関係なくダメっぽい。だが二次元女性ならかろうじて……ッ!!(涙)←イメージ『虚しいことに気づいて思わず目頭を押さえる図』
えー……そんなわけで、今回は「この傷どこの傷?」な話でした。中身がない? そらそうだ、思いつきなんだから……(汗)
みんなも探して見てね!!
むかしから外を駆け回って遊ぶ子供に「生傷が絶えないね」と苦笑まじりに大人が言うことはよくあるが、実は大人でも知らず知らずのうちに傷をつけていることがある。
それは例えば印刷会社であればカッターの傷のように仕事柄のものから、不注意で転んでつけてしまった傷など理由はそれぞれだ。
傷は肉体の記憶である。どこでどのようにして何故ついたものか、それを見ることで呼び起こされる記憶があるなら傷は人生そのものの軌跡でもあるだろう……が、しかし。
覚えていない記憶があるように、自分の体にどこでつけたのか身に覚えのない傷を見つけたことはないだろうか? といってもたぶん泥睡してつけたとかそういった類のものではない。「たぶん」と推測さえつかない原因不明の傷のことだ。
例外を除いて、体に傷がつくと人間は痛みを感じる。例えば手のひらに画鋲が刺されば痛いと思う。この痛覚からの刺激は神経を通じて脳にもたらされる生きるための重要な感覚のひとつだ。
これは当然表層意識にも影響するので、正常状態の人なら自分が傷ついたことをその瞬間に理解することができる。いや、痛みを強制される。
身に覚えのない傷は、しかしそういった人の生まれながらに持っている感覚を無視したものだ。なぜなら痛みの記憶を持たない傷だからだ。
ふらっと現れる神出鬼没な人のように、その傷もいつの間にか意識下にあるのである。そこで初めてどこでつけたものか考えるが、答えは出てこないのだ。分かるのは『どこかでつけた傷』ということだけ……。
この傷が、私の左手外側の親指付け根部分にある。何かで引っ掛けたような切り傷だ。その長さたるや、一センチ強!!
気づいたときには血の凝固作用で固まっていたが、今は血がにじんでいる。ポッキーを食べていたのでチョコが皮膚についたのかと爪でイジったのが原因だ。
小さな痛みを感じたおかげで気づけたが、傷口を無理やりこじ開けていたのかと想像してしまって気持ちが悪い。スプラッター映画は平気なんだがね……?
応急処置として舐めておいたが、よくよく考えてみればベロなんて細菌の宝庫を傷に引っ付けて良かったのだろうか? 微生物を傷口から体内に侵入させてしまったと考えたら……気持ちが悪い。妄想力で舐めてくれたのは美人さんだと思い込もうとしたが、容姿関係なくダメっぽい。だが二次元女性ならかろうじて……ッ!!(涙)←イメージ『虚しいことに気づいて思わず目頭を押さえる図』
えー……そんなわけで、今回は「この傷どこの傷?」な話でした。中身がない? そらそうだ、思いつきなんだから……(汗)
みんなも探して見てね!!
ナンだと!??(色々)
ベッドタウンとはいえ……というか、住宅地に少し踏み込むと目にするのが不動産の立看板だったりする。
幅広く各地域の物件情報を所有する大手とは違い、こういう小さな所は得てして地域密着型であり、大手が取りこぼすような小さな情報が転がっていたりする。そして意外にもそういった物が掘り出し物件だったりする。
ある日、戸越銀座に食材の買物に出ていたときのこと。商店街に面した不動産屋の張り出された物件情報を見て思わず足が止まった。
建物のガラス側面にいくつかの物件情報が張り出されている。新築物件から賃貸マンション、賃貸アパートと各種あるなかに、不動産業界ではメジャーどころのレオパレスがあった。
手ぶらで入居後即生活できるレオパレスは、その強みである家電製品一式がそろっていることと立地数の多さから独身層の支持を得ている。場所によって家賃や部屋面積に差があり、通勤通学に便利な駅前などから遠ざかるほど全体的な待遇が良い傾向に思われる。
それは交通手段が不便だと入居希望者が少なく確保自体が難しいからだろうが、その物件は驚愕の物だった。
1K、フローリング六畳(収納スペース別、ロフト付き)、JR大崎駅まで徒歩12分、家賃(共営費込み)………ゴマンハッセンエン? 五万八千円だとっ!!?
……こんな優良物件が在って良いのだろうか? 今現在住んでる場所だって不動産を数件めぐってたどり着いた好物件(自分的に)だというのに、こんな現実が許されて良いのだろうか? あのとき費やした時間と体力、そして紆余曲折を経て新しい住居にたどり着いた瞬間の歓喜は何だったのだろうか……
何故か夕日が目にしみた、そんな一日でしたというお話。
土下座の魅力はその潔さだろうかと、ガチャガチャの前で思った。
イトーヨーカ堂の屋上一歩手前のフロア、よくある飲食店がテナントに入っているエレベーター前でそれを発見した。

……何故だろう。この前衛的なビジュアルにすごく惹かれている自分がいる。ふつうに考えてこのカッコをする状況は100%カッコ悪いことだろう。例えば某ターミネーターが家政婦に手を出してしまい、そのことで夫婦生活が破局してしまうくらいに。しかも実は手を出したのは他にもいて、その数が一人や二人ではないくらいに圧倒的な非が自分にあるとか。
だがしかし、例えば「全面的に非はこちらにある。だからその責任の一切は自分が負担する」とのたまう姿は、無様を通り越して逆に清々しくないだろうか? 超然的な物言いは思わず「あっぱれ!」と拍手を送ってしまいそうな潔さがあると思うのは私だけだろうか?
THE ド・ゲ・ザ!!
ガチャガチャコーナーで一人、このフォルムに感慨深いものを感じた、そんな一日だったという別のお話。ちなみに続編も出てたのでうp(下記添付)

あの大地震から二ヶ月、各地で東北応援の気風があるなか、静岡県の観光組合関連の施設で耳寄りな話がある。といっても聞いた話なのだが。どうも震災後の伸び悩む客足を取り戻そうと、旅館や観光施設で料金の大幅値下げをしているらしい(六月末まで、だったかな?)。
例えば平日限定だが旅館の宿泊費用が半額だったり、観光施設の入場料が半額だったり。こちらは平日限定じゃなかったかな?
外国でも韓国が震災後初めての日本旅行客として訪れる予定とか、復興が徐々にだが進んでいるようで、こういった国内旅行客向けの活動も頑張ってほしいし応援したくなる。
残念ながら六月は祝日がないので体感で長く感じる月だが、もしも、六月までに機会があれば骨休めに露店風呂で一杯とかいいかもしれない。
不謹慎かもしれないが東北地方の物産店でお金を落とすだけでなく、こういう使い方も地方貢献から日本全体の復興へと繋がることを忘れてはいけない。
……というわけで、そんな色々なお話でした。
幅広く各地域の物件情報を所有する大手とは違い、こういう小さな所は得てして地域密着型であり、大手が取りこぼすような小さな情報が転がっていたりする。そして意外にもそういった物が掘り出し物件だったりする。
ある日、戸越銀座に食材の買物に出ていたときのこと。商店街に面した不動産屋の張り出された物件情報を見て思わず足が止まった。
建物のガラス側面にいくつかの物件情報が張り出されている。新築物件から賃貸マンション、賃貸アパートと各種あるなかに、不動産業界ではメジャーどころのレオパレスがあった。
手ぶらで入居後即生活できるレオパレスは、その強みである家電製品一式がそろっていることと立地数の多さから独身層の支持を得ている。場所によって家賃や部屋面積に差があり、通勤通学に便利な駅前などから遠ざかるほど全体的な待遇が良い傾向に思われる。
それは交通手段が不便だと入居希望者が少なく確保自体が難しいからだろうが、その物件は驚愕の物だった。
1K、フローリング六畳(収納スペース別、ロフト付き)、JR大崎駅まで徒歩12分、家賃(共営費込み)………ゴマンハッセンエン? 五万八千円だとっ!!?
……こんな優良物件が在って良いのだろうか? 今現在住んでる場所だって不動産を数件めぐってたどり着いた好物件(自分的に)だというのに、こんな現実が許されて良いのだろうか? あのとき費やした時間と体力、そして紆余曲折を経て新しい住居にたどり着いた瞬間の歓喜は何だったのだろうか……
何故か夕日が目にしみた、そんな一日でしたというお話。
土下座の魅力はその潔さだろうかと、ガチャガチャの前で思った。
イトーヨーカ堂の屋上一歩手前のフロア、よくある飲食店がテナントに入っているエレベーター前でそれを発見した。

……何故だろう。この前衛的なビジュアルにすごく惹かれている自分がいる。ふつうに考えてこのカッコをする状況は100%カッコ悪いことだろう。例えば某ターミネーターが家政婦に手を出してしまい、そのことで夫婦生活が破局してしまうくらいに。しかも実は手を出したのは他にもいて、その数が一人や二人ではないくらいに圧倒的な非が自分にあるとか。
だがしかし、例えば「全面的に非はこちらにある。だからその責任の一切は自分が負担する」とのたまう姿は、無様を通り越して逆に清々しくないだろうか? 超然的な物言いは思わず「あっぱれ!」と拍手を送ってしまいそうな潔さがあると思うのは私だけだろうか?
THE ド・ゲ・ザ!!
ガチャガチャコーナーで一人、このフォルムに感慨深いものを感じた、そんな一日だったという別のお話。ちなみに続編も出てたのでうp(下記添付)

あの大地震から二ヶ月、各地で東北応援の気風があるなか、静岡県の観光組合関連の施設で耳寄りな話がある。といっても聞いた話なのだが。どうも震災後の伸び悩む客足を取り戻そうと、旅館や観光施設で料金の大幅値下げをしているらしい(六月末まで、だったかな?)。
例えば平日限定だが旅館の宿泊費用が半額だったり、観光施設の入場料が半額だったり。こちらは平日限定じゃなかったかな?
外国でも韓国が震災後初めての日本旅行客として訪れる予定とか、復興が徐々にだが進んでいるようで、こういった国内旅行客向けの活動も頑張ってほしいし応援したくなる。
残念ながら六月は祝日がないので体感で長く感じる月だが、もしも、六月までに機会があれば骨休めに露店風呂で一杯とかいいかもしれない。
不謹慎かもしれないが東北地方の物産店でお金を落とすだけでなく、こういう使い方も地方貢献から日本全体の復興へと繋がることを忘れてはいけない。
……というわけで、そんな色々なお話でした。
休日の一風景
ある日の祝日、私はとある場所へ向かうため電車に乗っていました。
時間はお昼を少し過ぎたくらい、車両にはつり革につかまる人がパラパラいて、当然シートに空きはありませんでした。
私は乗車駅で降りた人と入れ替わりで席に座れたので、持ってきた本を読んでいたのですが、次の駅で子供連れの母親が乗ってきて私の正面に立ちました。
チラッと見てみると、その子は小学校低学年くらいで、母親の手をにぎって静かに窓の外を見上げているようでした。
ゆずったほうがいいかな、そう思って私は席を立つと目の前の子供に「どうぞ」と言いました。すぐに彼の母親が「すぐそこですから」と遠慮しましたが、「次で降りるので」と言ってドア側にさっさと移動しました。後ろで「良かったね、○○くん」と子供に母親が話しかけていました。
次の駅で私は電車を降りました。そして、乗っていたひとつ横の車両に乗りなおしました。実は降りたい駅はあと十数駅乗ったところで、親子に気を遣って次で降りると言ってしまったため、そこで降りるフリをしたのでした。
間隔調整のためホームに留まる電車。
乗りなおした隣の車両も空いていましたが、さすがに席は空いていませんでした。しかしそれは予想通りだったので、ドア側の手すりにもたれながらホームを行き交う人の流れをボーっと眺めていました。
ちょうど私のいるドアの前が下り階段だったので、休日なのに働くリーマン、部活着の学生、たくさんの人がホームへ上がってきます。それとは反対に降りる人もたくさんいて、子供連れの母親が目の前を通り過ぎていきました。――ふと、どうしてかその母親と目が合いました。
『あ』
お互い声には出しませんでしたが、口はこんな感じに開いていたと思います。その親子には見覚えがありました。それもそのはずで、ついさっき席をゆずった親子でした。
『さっき降りたんじゃ……?』 言わずもがな、母親の目がそう語っていました。
あれは席をゆずる建前だったんです、と説明するわけにもいかず、駆け込み乗客の有無を駅員が確認し終わったため弁解する暇もなく、私はただただ気まずさを感じながら呆然としていました。配慮が奇行として捉えられているかもしれない、何故もうひとつ隣の車両にしなかったのか……気まぐれ親切は後悔先に立たず、と思いを馳せていたときでした。
階段を下りる間際、母親がこちらを見て小さく頭を下げました。そして子供に何事かささやくと、子供が手を振ってきました。
それはほんの少しのことでした。
ドアが閉まって、私は読みかけの本を開きました。すでにさきほど感じていた後悔は薄れていました。
ガタゴトと比較的揺れずに進む電車。
休日特有のまったりした昼下がりの電車は、ほんの少しだけ、さっきより居心地が良く感じられました。
そんなある日のお話。
時間はお昼を少し過ぎたくらい、車両にはつり革につかまる人がパラパラいて、当然シートに空きはありませんでした。
私は乗車駅で降りた人と入れ替わりで席に座れたので、持ってきた本を読んでいたのですが、次の駅で子供連れの母親が乗ってきて私の正面に立ちました。
チラッと見てみると、その子は小学校低学年くらいで、母親の手をにぎって静かに窓の外を見上げているようでした。
ゆずったほうがいいかな、そう思って私は席を立つと目の前の子供に「どうぞ」と言いました。すぐに彼の母親が「すぐそこですから」と遠慮しましたが、「次で降りるので」と言ってドア側にさっさと移動しました。後ろで「良かったね、○○くん」と子供に母親が話しかけていました。
次の駅で私は電車を降りました。そして、乗っていたひとつ横の車両に乗りなおしました。実は降りたい駅はあと十数駅乗ったところで、親子に気を遣って次で降りると言ってしまったため、そこで降りるフリをしたのでした。
間隔調整のためホームに留まる電車。
乗りなおした隣の車両も空いていましたが、さすがに席は空いていませんでした。しかしそれは予想通りだったので、ドア側の手すりにもたれながらホームを行き交う人の流れをボーっと眺めていました。
ちょうど私のいるドアの前が下り階段だったので、休日なのに働くリーマン、部活着の学生、たくさんの人がホームへ上がってきます。それとは反対に降りる人もたくさんいて、子供連れの母親が目の前を通り過ぎていきました。――ふと、どうしてかその母親と目が合いました。
『あ』
お互い声には出しませんでしたが、口はこんな感じに開いていたと思います。その親子には見覚えがありました。それもそのはずで、ついさっき席をゆずった親子でした。
『さっき降りたんじゃ……?』 言わずもがな、母親の目がそう語っていました。
あれは席をゆずる建前だったんです、と説明するわけにもいかず、駆け込み乗客の有無を駅員が確認し終わったため弁解する暇もなく、私はただただ気まずさを感じながら呆然としていました。配慮が奇行として捉えられているかもしれない、何故もうひとつ隣の車両にしなかったのか……気まぐれ親切は後悔先に立たず、と思いを馳せていたときでした。
階段を下りる間際、母親がこちらを見て小さく頭を下げました。そして子供に何事かささやくと、子供が手を振ってきました。
それはほんの少しのことでした。
ドアが閉まって、私は読みかけの本を開きました。すでにさきほど感じていた後悔は薄れていました。
ガタゴトと比較的揺れずに進む電車。
休日特有のまったりした昼下がりの電車は、ほんの少しだけ、さっきより居心地が良く感じられました。
そんなある日のお話。
