戦犯というと、多くの人がA級戦犯を思い浮かべるのではないだろうか。
日本の戦争責任はすべて彼らが被らされていると言っても過言ではない。

確かに、軍部の暴走とそれを止められなかった指導者の罪に疑いの余地は無い。


だが、軍部は何故暴走したのだろうか、その根底を支えたのは何か、世論ではなかったのか。
では、世論を形成する媒体は何か、ネットなんて無い時代だ、さて何でしょう?


学校の授業では、言論統制が敷かれ自由な意見の表現は出来なかったと習ったはずだ。
なるほど、確かにその点においてマスコミは被害者かもしれない。

だが、歴史は点だけでは語れない。
累々と流れる刻のひとコマは、つなぎ合わせる事で流暢なアニメーションに成り得る。



そもそも日本が軍国主義に傾倒したのは何時からだったのか、時系列を遡ると気付く事がある。


僕は、その起点は日清戦争後の三国干渉にあったと見ている。
せっかく戦勝で得た権利を外国からのケチで手放さなくてはならなかった時、国民の悲嘆と怒りは計り知れないものだったろう。

それを利用して「臥薪嘗胆」などと政府に加担して世論を富国強兵に導いたのは新聞だった。

彼らは世論を煽る事で発行部数を伸ばし、日露戦争ではことさら大勝利を吹聴し、条約協定では政府の弱腰を批判している。
これら新聞の一連の所業が国民に誤った認識を植え付け、その後の軍部の強硬路線に繋がったと僕は見ている。


皮肉なことに、新聞は自ら作り上げた大きなうねりに飲み込まれ言論統制という形で自由を失ってしまう。
そして嘘を垂れ流し、情報に飢えている国民に勝利という希望の人参をぶら下げ、さらに部数を伸ばしていったのである。



十分に戦争責任があったと言ってもいいと、僕は思っている。



戦後は自らを被害者とし、己の所業には触れず戦争を非難し、嘘の歴史を国民に刷り込むことに躍起になった。


もはや、戦犯以上の罪を彼らは背負っていると言わざるを得ないだろう。