星の寿命
一番若い日は今日であり、残りの人生の最初の一日でもある
これは重兼芳子さんが書かれた本のタイトルだそうですが
こういう言葉を意識して生きないとまじで人生あっという間ですな
そういう意味ではブログというのは良いのかもしれませんね、足跡が残るので
ずいぶん前のことですが、御世話になっている方にこんな話をされたことがあります
「星の寿命が何万年、何億年だとしたら俺らの寿命なんてたかが知れている。。
お金にしたら100円にもならない数十円程度の命だ
だからこそ何かを残していかないと。。』

現在2015年ですが、生きている時間って冷静に考えるとほんと短いんですよね
あなたは何年まで生きると思いますか?
2030年?
2050年?
去年の今頃も
「あと少しで今年も終わりですね^^」
な~んて笑いながら話をしていたが、笑っている場合じゃないぜw
しかし今年を振り返るとなかなか苦い思い出たちが顔を出してくれる
その一つ一つが人間としての深みに変わってくれればいいのだが。。
歳をひとつ重ねる毎に考え方は変わっていきます
(中には変わらない人もいますが。。。)
人生とは営業そのものである。。。
今年はそう思いました
これは重兼芳子さんが書かれた本のタイトルだそうですが
こういう言葉を意識して生きないとまじで人生あっという間ですな
そういう意味ではブログというのは良いのかもしれませんね、足跡が残るので
ずいぶん前のことですが、御世話になっている方にこんな話をされたことがあります
「星の寿命が何万年、何億年だとしたら俺らの寿命なんてたかが知れている。。
お金にしたら100円にもならない数十円程度の命だ
だからこそ何かを残していかないと。。』

現在2015年ですが、生きている時間って冷静に考えるとほんと短いんですよね
あなたは何年まで生きると思いますか?
2030年?
2050年?
去年の今頃も
「あと少しで今年も終わりですね^^」
な~んて笑いながら話をしていたが、笑っている場合じゃないぜw
しかし今年を振り返るとなかなか苦い思い出たちが顔を出してくれる
その一つ一つが人間としての深みに変わってくれればいいのだが。。
歳をひとつ重ねる毎に考え方は変わっていきます
(中には変わらない人もいますが。。。)
人生とは営業そのものである。。。
今年はそう思いました
死体現場の処理作業
前に勤めていた会社では市役所の委託業務も行っていたので、 孤立死・孤独死の現場の片付けなどもやっておりました。
前から書こうと思っていたのですが書けずにいたので、記憶が薄れる前に書いておこうと思う( ・∀・)
表現などは気にせずに書きたいので、直接的な言葉も出てきます。
苦手な人は読まないでください。
~死体現場の処理作業~
数年前の初夏だったでしょうか
アパートにて孤立死してしまった老人の部屋の片付けを行う事になった。
死体現場の処理と言っても我々は部屋を片付けるだけなので、死体は事前に移されています。
とは言え、死後数週間が経過しているので、部屋の様子は想像出来るでしょう。
隣の部屋から異臭がするという、近隣の住民からの通報で発見されたそうです。
現場付近に着き駐車場を探していると、アパートの裏手に3部屋並んだ窓が見えた。その真ん中の部屋だけが異様な光景だったので、あーここが現場なのだとすぐにわかった。
少し空いたカーテンの隙間から、ハエが密集しているのが見えたからです。
死臭というのを嗅いだ事があるでしょうか。
テレビの推理ドラマなんかでよく見るシーン。
首吊り死体の部屋に入った瞬間
「ヴッ!!」っとみんなでいっせいに鼻を塞ぐ、あの臭い。。
糞尿の臭いではなく、汗や体液の臭いでもない。
“死臭”
部屋に入る前にボロの作業着を二枚重ね着し、マスクも二重にし。
準備万端に思われるが、部屋に充満した腐敗した臭いはマスク二枚など簡単に貫いてくる。
玄関を上がり部屋の奥へと進むとハエだらけの布団が目に入った。
くの字に潰れた布団は人の形を残したまま黒く汚れていて、散らばったウジの殻からは、今まさに新しいハエが生まれようとしている。
生まれたてのハエだろうか
中には白い羽をしたものも混じっていた。
作業に入ろうと部屋を片付け始めると、足元で“カシュッカシュッ”と落花生が潰れるような音がする。
一面に広がるウジの脱け殻が靴の裏で潰れていくのがわかる。
会社を出る前に上司に言われた言葉。
「ハエがワールドカップだから覚悟しておいてw」
はて?
最初言われた時は意味がわからなかったが、その理由は作業を始めてすぐにわかりました。
ハエの量が多すぎて“ごぁー”という唸りのような音を奏でている。
それがワールドカップの歓声のように聞こえたから、そのような事を言ったのでしょう。
とにかく猛烈に臭いので、かなりのハイスピードで片付けて行く。
単身用の部屋なので幸い荷物はあまり無い。
マグカップに小銭の塊が詰まっていたが、そんなものトラックの荷台に投げ捨てた。
順調に作業は進み、布団の下の畳を積んで終わりという所まで来たが、最後の畳がなかなか荷台に積めない。
死んだ時に出た物かわからないが、透明のヌルヌルした液体が滑って、うまく持ち上げる事が出来ないのだ。
抱えるようにして持ち上げ、やっと積む事が出来た。
その後は、様子を見に来た大家さんに片付いた部屋を見せ、線香をあげて会社へ戻った。
会社にいた同僚が、悪臭を放つ私達に距離を置いたのは言うまでもありません。
それから数日は、体に染み付いた臭いが取れず、食事をとる気にもならなかった。
こんな仕事が年に十数回入り込んで来る、特に季節の変わり目には多いような気がする。
この日は老人の孤立死の部屋でしたが、若くして自ら命を絶つ人も少なくない。
首を吊って命を絶った人の部屋は、先に畳が片付けられている場合が多かった、首を吊った真下の畳は汚物で腐っている場合が多いからです。
賃貸物件は数多く存在しますが、某有名不動産会社⭕⭕建託は、他に比べて特に事故物件が多い。
少しだけ業界の裏事情を書くので続きはアメ限にて失礼します。
前から書こうと思っていたのですが書けずにいたので、記憶が薄れる前に書いておこうと思う( ・∀・)
表現などは気にせずに書きたいので、直接的な言葉も出てきます。
苦手な人は読まないでください。
~死体現場の処理作業~
数年前の初夏だったでしょうか
アパートにて孤立死してしまった老人の部屋の片付けを行う事になった。
死体現場の処理と言っても我々は部屋を片付けるだけなので、死体は事前に移されています。
とは言え、死後数週間が経過しているので、部屋の様子は想像出来るでしょう。
隣の部屋から異臭がするという、近隣の住民からの通報で発見されたそうです。
現場付近に着き駐車場を探していると、アパートの裏手に3部屋並んだ窓が見えた。その真ん中の部屋だけが異様な光景だったので、あーここが現場なのだとすぐにわかった。
少し空いたカーテンの隙間から、ハエが密集しているのが見えたからです。
死臭というのを嗅いだ事があるでしょうか。
テレビの推理ドラマなんかでよく見るシーン。
首吊り死体の部屋に入った瞬間
「ヴッ!!」っとみんなでいっせいに鼻を塞ぐ、あの臭い。。
糞尿の臭いではなく、汗や体液の臭いでもない。
“死臭”
部屋に入る前にボロの作業着を二枚重ね着し、マスクも二重にし。
準備万端に思われるが、部屋に充満した腐敗した臭いはマスク二枚など簡単に貫いてくる。
玄関を上がり部屋の奥へと進むとハエだらけの布団が目に入った。
くの字に潰れた布団は人の形を残したまま黒く汚れていて、散らばったウジの殻からは、今まさに新しいハエが生まれようとしている。
生まれたてのハエだろうか
中には白い羽をしたものも混じっていた。
作業に入ろうと部屋を片付け始めると、足元で“カシュッカシュッ”と落花生が潰れるような音がする。
一面に広がるウジの脱け殻が靴の裏で潰れていくのがわかる。
会社を出る前に上司に言われた言葉。
「ハエがワールドカップだから覚悟しておいてw」
はて?
最初言われた時は意味がわからなかったが、その理由は作業を始めてすぐにわかりました。
ハエの量が多すぎて“ごぁー”という唸りのような音を奏でている。
それがワールドカップの歓声のように聞こえたから、そのような事を言ったのでしょう。
とにかく猛烈に臭いので、かなりのハイスピードで片付けて行く。
単身用の部屋なので幸い荷物はあまり無い。
マグカップに小銭の塊が詰まっていたが、そんなものトラックの荷台に投げ捨てた。
順調に作業は進み、布団の下の畳を積んで終わりという所まで来たが、最後の畳がなかなか荷台に積めない。
死んだ時に出た物かわからないが、透明のヌルヌルした液体が滑って、うまく持ち上げる事が出来ないのだ。
抱えるようにして持ち上げ、やっと積む事が出来た。
その後は、様子を見に来た大家さんに片付いた部屋を見せ、線香をあげて会社へ戻った。
会社にいた同僚が、悪臭を放つ私達に距離を置いたのは言うまでもありません。
それから数日は、体に染み付いた臭いが取れず、食事をとる気にもならなかった。
こんな仕事が年に十数回入り込んで来る、特に季節の変わり目には多いような気がする。
この日は老人の孤立死の部屋でしたが、若くして自ら命を絶つ人も少なくない。
首を吊って命を絶った人の部屋は、先に畳が片付けられている場合が多かった、首を吊った真下の畳は汚物で腐っている場合が多いからです。
賃貸物件は数多く存在しますが、某有名不動産会社⭕⭕建託は、他に比べて特に事故物件が多い。
少しだけ業界の裏事情を書くので続きはアメ限にて失礼します。
牛の首
『牛の首』とは。。
とても恐ろしい怪談であり
これを聞いた者は恐怖のあまり身震いが止まらず、三日と経たずに死んでしまう。
怪談の作者は、多くの死者が出たことを悔い、これを供養するため仏門に入り、人に乞われても二度とこの話をすることは無く、世を去った。
この怪談を知るものはみな死んでしまい、今に伝わるのは『牛の首』と言う題名と、それが無類の恐ろしい話であった、ということのみである」というもの。

有名な都市伝説ですが、いまだに実態は謎ですね( ・∀・)
どんな怪談だろう?
どれくらい怖いんだろう?
という人間の好奇心がこの怪談を成長させる
「牛の首」に内容が存在しないことにもどかしさを感じた人がいるのでしょうか?
近年、これが本当の牛の首であるというような話が多く掲載されるようになりました
有名な1,2,3の話がこちら
『牛の首1』
「牛の首」という恐ろしい怪談がある。
この話は江戸時代にはすでに知られていたようで、
寛永年間に書かれた庶民の日記にすでにその名は出ている。
とはいえ、そこに記されているのは「牛の首」という
怪談の名前だけで、話の内容は
「今日、牛の首という怪談を聞いたが、
あまりにも恐ろしい話なのでここには書けない」
として語られてはいないのだが。
このように文献にはっきりとした形で残ることはなかった
「牛の首」だが、その物語は口授で今日まで語り継がれている。
だが、私はその話をここに記すつもりはない。
あまりに恐ろしい話なので、思い出したくないのだ。
その代わりに「牛の首」を知っている数少ない人物の
一人の身に起きたエピソードを語ってみようと思う。
その人物は小学校の教師である。
彼は学校の遠足の時に、
バスの中で怪談を子供たちに語り聞かせていた。
普段は騒々しい子供たちも今日は真剣に彼の話に耳をそばだて、
本気で怖がっている。
これに気をよくした彼は、
最後にとっておきの怪談である「牛の首」を披露することにした。
彼は声を潜めると子供たちにこう言った。
「これから話すのは『牛の首』という怪談だ。牛の首とは・・・」
ところが、彼が話を始めた途端にバスの中に異変が起きる。
子供たちが物語のあまりの恐ろしさに怯え、
口々に「先生、もうその話しはやめて!」と訴えだしたのだ。
ある子供は真っ青になりながら耳を塞ぎ、
別の子供は大声を上げて泣き叫ぶ。
ところが、それでも彼は話をやめようとしない。
彼の目は虚ろで、まるで何かに取り付かれたかのようであった・・・
しばらくするとバスが急に停止した。
異変を感じて正気に戻った彼が運転席を見ると、
バスの運転手が脂汗を流しながらぶるぶると震えている。
おそらくこれ以上は運転を続けられないと思い
車を止めたのであろう。
さらに辺りを見まわすと、
生徒たちは皆口から泡を吹いて失神していた。
それ以来、彼が「牛の首」について何かを話す事はなかったという。
『牛の首2』
明治初期、廃藩置県に伴って全国の検地と人口調査が行われた。
東北地方において廃墟となった村を調査した役人は大木の根本に埋められた大量の人骨と牛の頭らしき動物の骨を発見した。
調査台帳には特記事項としてその数を記し、検地を終えるとそこから一番近い南村へと調査を移した。
その南村での調査を終え、村はずれにある宿に泊まった。
宿の主人は関係あるかどうかは分からないが、と前置きをして次の話を語った。
天保3年より数年にわたり大飢饉が襲った。俗に言われる天保の大飢饉である。
当時の農書によると「倒れた馬にかぶりついて生肉を食い行き倒れとなった死体を野犬や鳥が食いちぎる。
親子兄弟においては情けもなく食物を奪い合い畜生道にも劣る」といった悲惨な状況であった。
天保4年の晩秋、夜も更けた頃この南村に異形の者が迷い込んできた。
ふらふらとさまよい歩くその躰は人であるが、頭部はまさしく牛のそれであった。
数人の村人がつかまえようとしたその時、松明を手にした隣村のものが十数人現れ、鬼気迫る形相にて
「牛追いの祭りじゃ、他言は無用」
口々に叫びながら、その異形の者を捕らえ、闇に消えていった。
翌日には村中でその話がひそひそと広がったが、誰も隣村まで確認しにいく者はいなかった。
その日食うものもない飢饉の有様では、実際にそれどころではなかった。
翌年には、秋田藩より徳政令が出され、年貢の軽減が行われた。
その折に隣村まで行った者の話によると、すでにその村に人や家畜の気配はなかったとのことだった。
それ以後、「牛の村」とその村は呼ばれたが、近づく者もおらず、その名を呼ぶ者もいない。
役人は役所に戻り、調査台帳をまとめ終えた頃、懇意にしていた職場の先輩に意見を求めた。先輩は天保年間の村民台帳を調べながら考えを述べた。
【大飢饉の時には餓死した者を家族が食した例は聞いた事があるが、その大木のあった村では遺骸だけではなく弱った者から食らったのであろう。
そして生き人を食らう罪悪感を少しでも減らす為牛追いの祭りと称し、牛の頭皮をかぶせた者を狩ったのではなかろうか。
人骨の数を考えるとほぼその村全員に相当する。
牛骨も家畜の数と一致する。
飢饉の悲惨さは筆舌に尽くしがたい。
村民はもちろん親兄弟も、凄まじき修羅と化し、その様はもはや人の営みとは呼べぬものであったろう。
この事は誰にも語らず、その村の記録は破棄し、廃村として届けよ】
この言葉を深く胸に受け止めた役人は、それ以後、誰にもこの話は語らず心の奥底にしまい込んだ。
日露戦争が激化する頃、病の床についたこの男は、戦乱の世を憂い、枕元に孫たちを呼び寄せ、切々とこの話を語ったという。
この孫の中の一人が、自分である。
当時は気づかなかったが、祖父が亡くなった後に分かったことがあった。
何の関係もないと思われた南村の者が、隣村の民全員を牛追いの祭りと称して狩り、食らったのが真実である。
そうでなければ全員の骨を誰が埋められるものか・・・。
これが巷で語られる
「真・牛の首」
しかし年代的に不自然なところがある、この話が出てきたのもインターネットの掲示板が最初で2002年となっている。
『牛の首3』
ある村で江戸時代の大飢饉の折、人肉食をしていた。
最初は遺骸を喰らっていたのだが次第に足りなくなり、弱っている人も喰らうようになった。
そこで生き人を喰らう罪悪感を少しでも減らすめ、牛の頭皮を首に被せた者を狩っていた。
というもので比較的、メジャーと言えばメジャーなもの。
「牛の首2」では舞台が東北、こちらでは岐阜になっていたり村人が全員死なない点が違う。
上記に記した牛の首の1,2,3は比較的ネットでも上位に出てくるお話。
牛の首は小松左京氏の短編小説であり元ネタは存在しないとも言われているが、『くだんのはは』という小説を牛の首の正体として書いているのがわかった
くだんとは『件』
にんべんに牛と書いて“くだん”
頭が牛で体が人間の化物として知られているが、歴史の節々で人の子供として生まれ、予言をして死ぬという
第二次世界対戦中に、田舎の裕福な家庭に引き取られた男の子が『くだん』と出会う話がある
その家の奥の部屋には開けてはいけない部屋があり、部屋の前に家畜の餌を置いておくと、翌朝にはその餌と引き換えに血まみれの包帯が置いてある
ある日誰にも見付からないように部屋をそっと覗くと牛の頭をした女の子が泣いていた
その女の子は戦争が始まった時から日本が負けるのを予言していた
歴史の中でも特に重要な時代に“くだん”は登場するという
これが牛の首の正体だとしたら、国に取って都合の悪い話なので、広まらないように消されてしまったのだろうか?
牛の首の正体としては、なかなかの内容だと思われるが。。

数年前に牛の首をネットで調べた際には、今ほど情報が多くなかったような気がします
後輩に「牛の首って知っていますか?」と聞かれて、色々と調べたがほとんど有力な話は出てこなかった
その中で一つだけ
『むむ??』と思う内容の話が出てきた
内容がきわどいのでアメ限にて続きを書きますので
もう少しだけお付き合い頂きたい( ・∀・)
とても恐ろしい怪談であり
これを聞いた者は恐怖のあまり身震いが止まらず、三日と経たずに死んでしまう。
怪談の作者は、多くの死者が出たことを悔い、これを供養するため仏門に入り、人に乞われても二度とこの話をすることは無く、世を去った。
この怪談を知るものはみな死んでしまい、今に伝わるのは『牛の首』と言う題名と、それが無類の恐ろしい話であった、ということのみである」というもの。

有名な都市伝説ですが、いまだに実態は謎ですね( ・∀・)
どんな怪談だろう?
どれくらい怖いんだろう?
という人間の好奇心がこの怪談を成長させる
「牛の首」に内容が存在しないことにもどかしさを感じた人がいるのでしょうか?
近年、これが本当の牛の首であるというような話が多く掲載されるようになりました
有名な1,2,3の話がこちら
『牛の首1』
「牛の首」という恐ろしい怪談がある。
この話は江戸時代にはすでに知られていたようで、
寛永年間に書かれた庶民の日記にすでにその名は出ている。
とはいえ、そこに記されているのは「牛の首」という
怪談の名前だけで、話の内容は
「今日、牛の首という怪談を聞いたが、
あまりにも恐ろしい話なのでここには書けない」
として語られてはいないのだが。
このように文献にはっきりとした形で残ることはなかった
「牛の首」だが、その物語は口授で今日まで語り継がれている。
だが、私はその話をここに記すつもりはない。
あまりに恐ろしい話なので、思い出したくないのだ。
その代わりに「牛の首」を知っている数少ない人物の
一人の身に起きたエピソードを語ってみようと思う。
その人物は小学校の教師である。
彼は学校の遠足の時に、
バスの中で怪談を子供たちに語り聞かせていた。
普段は騒々しい子供たちも今日は真剣に彼の話に耳をそばだて、
本気で怖がっている。
これに気をよくした彼は、
最後にとっておきの怪談である「牛の首」を披露することにした。
彼は声を潜めると子供たちにこう言った。
「これから話すのは『牛の首』という怪談だ。牛の首とは・・・」
ところが、彼が話を始めた途端にバスの中に異変が起きる。
子供たちが物語のあまりの恐ろしさに怯え、
口々に「先生、もうその話しはやめて!」と訴えだしたのだ。
ある子供は真っ青になりながら耳を塞ぎ、
別の子供は大声を上げて泣き叫ぶ。
ところが、それでも彼は話をやめようとしない。
彼の目は虚ろで、まるで何かに取り付かれたかのようであった・・・
しばらくするとバスが急に停止した。
異変を感じて正気に戻った彼が運転席を見ると、
バスの運転手が脂汗を流しながらぶるぶると震えている。
おそらくこれ以上は運転を続けられないと思い
車を止めたのであろう。
さらに辺りを見まわすと、
生徒たちは皆口から泡を吹いて失神していた。
それ以来、彼が「牛の首」について何かを話す事はなかったという。
『牛の首2』
明治初期、廃藩置県に伴って全国の検地と人口調査が行われた。
東北地方において廃墟となった村を調査した役人は大木の根本に埋められた大量の人骨と牛の頭らしき動物の骨を発見した。
調査台帳には特記事項としてその数を記し、検地を終えるとそこから一番近い南村へと調査を移した。
その南村での調査を終え、村はずれにある宿に泊まった。
宿の主人は関係あるかどうかは分からないが、と前置きをして次の話を語った。
天保3年より数年にわたり大飢饉が襲った。俗に言われる天保の大飢饉である。
当時の農書によると「倒れた馬にかぶりついて生肉を食い行き倒れとなった死体を野犬や鳥が食いちぎる。
親子兄弟においては情けもなく食物を奪い合い畜生道にも劣る」といった悲惨な状況であった。
天保4年の晩秋、夜も更けた頃この南村に異形の者が迷い込んできた。
ふらふらとさまよい歩くその躰は人であるが、頭部はまさしく牛のそれであった。
数人の村人がつかまえようとしたその時、松明を手にした隣村のものが十数人現れ、鬼気迫る形相にて
「牛追いの祭りじゃ、他言は無用」
口々に叫びながら、その異形の者を捕らえ、闇に消えていった。
翌日には村中でその話がひそひそと広がったが、誰も隣村まで確認しにいく者はいなかった。
その日食うものもない飢饉の有様では、実際にそれどころではなかった。
翌年には、秋田藩より徳政令が出され、年貢の軽減が行われた。
その折に隣村まで行った者の話によると、すでにその村に人や家畜の気配はなかったとのことだった。
それ以後、「牛の村」とその村は呼ばれたが、近づく者もおらず、その名を呼ぶ者もいない。
役人は役所に戻り、調査台帳をまとめ終えた頃、懇意にしていた職場の先輩に意見を求めた。先輩は天保年間の村民台帳を調べながら考えを述べた。
【大飢饉の時には餓死した者を家族が食した例は聞いた事があるが、その大木のあった村では遺骸だけではなく弱った者から食らったのであろう。
そして生き人を食らう罪悪感を少しでも減らす為牛追いの祭りと称し、牛の頭皮をかぶせた者を狩ったのではなかろうか。
人骨の数を考えるとほぼその村全員に相当する。
牛骨も家畜の数と一致する。
飢饉の悲惨さは筆舌に尽くしがたい。
村民はもちろん親兄弟も、凄まじき修羅と化し、その様はもはや人の営みとは呼べぬものであったろう。
この事は誰にも語らず、その村の記録は破棄し、廃村として届けよ】
この言葉を深く胸に受け止めた役人は、それ以後、誰にもこの話は語らず心の奥底にしまい込んだ。
日露戦争が激化する頃、病の床についたこの男は、戦乱の世を憂い、枕元に孫たちを呼び寄せ、切々とこの話を語ったという。
この孫の中の一人が、自分である。
当時は気づかなかったが、祖父が亡くなった後に分かったことがあった。
何の関係もないと思われた南村の者が、隣村の民全員を牛追いの祭りと称して狩り、食らったのが真実である。
そうでなければ全員の骨を誰が埋められるものか・・・。
これが巷で語られる
「真・牛の首」
しかし年代的に不自然なところがある、この話が出てきたのもインターネットの掲示板が最初で2002年となっている。
『牛の首3』
ある村で江戸時代の大飢饉の折、人肉食をしていた。
最初は遺骸を喰らっていたのだが次第に足りなくなり、弱っている人も喰らうようになった。
そこで生き人を喰らう罪悪感を少しでも減らすめ、牛の頭皮を首に被せた者を狩っていた。
というもので比較的、メジャーと言えばメジャーなもの。
「牛の首2」では舞台が東北、こちらでは岐阜になっていたり村人が全員死なない点が違う。
上記に記した牛の首の1,2,3は比較的ネットでも上位に出てくるお話。
牛の首は小松左京氏の短編小説であり元ネタは存在しないとも言われているが、『くだんのはは』という小説を牛の首の正体として書いているのがわかった
くだんとは『件』
にんべんに牛と書いて“くだん”
頭が牛で体が人間の化物として知られているが、歴史の節々で人の子供として生まれ、予言をして死ぬという
第二次世界対戦中に、田舎の裕福な家庭に引き取られた男の子が『くだん』と出会う話がある
その家の奥の部屋には開けてはいけない部屋があり、部屋の前に家畜の餌を置いておくと、翌朝にはその餌と引き換えに血まみれの包帯が置いてある
ある日誰にも見付からないように部屋をそっと覗くと牛の頭をした女の子が泣いていた
その女の子は戦争が始まった時から日本が負けるのを予言していた
歴史の中でも特に重要な時代に“くだん”は登場するという
これが牛の首の正体だとしたら、国に取って都合の悪い話なので、広まらないように消されてしまったのだろうか?
牛の首の正体としては、なかなかの内容だと思われるが。。

数年前に牛の首をネットで調べた際には、今ほど情報が多くなかったような気がします
後輩に「牛の首って知っていますか?」と聞かれて、色々と調べたがほとんど有力な話は出てこなかった
その中で一つだけ
『むむ??』と思う内容の話が出てきた
内容がきわどいのでアメ限にて続きを書きますので
もう少しだけお付き合い頂きたい( ・∀・)


