私だ。

 

仕事、生活、あらゆる活動を放棄した生活を三日くらい続けている。

なまけ癖がついてしまったのだ。

 

DBDの実況動画、配信が面白い。

アニメよりもワクワクする。

作業に使わない集中力をどぶに捨ててる。

 

しかし絵だけは続けている。

絵を描いている時だけ自分を肯定できる。

そんな昨日だったが、愛用のapple pencil の調子が悪くなってしまった。

筆圧を読んでくれない。

一応指でも絵を描けるが、ペンで書くのとは違って書き味が気持ち悪い。

 

魔法使いが杖を持たないと魔法が使えないように、

やはり私にはペンが必要なのだ。

ペン先は即ネットで購入した。

明日くらいには届きそうだが、今日一日絵が描けないことが痛手すぎる。

早く描き上げたい絵があるからだ。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

昨日、私はXに4枚の絵をタグとともに投稿したわけだが、

何人も私の絵を見ているはずなのに一つも「いいね」がつかなくて少しだけ嫌な気分になった。

 

Xはわかりやすいイラストが好まれる。

版権、乳房の大きな女、細かく細部まで描かれたもの。

配色が派手なもの。整った顔の女性や男性のキャラクター。

 

そういった当然の如く万人受けする作品が当然の如くウケる。

私の作品のように少し頭を使わないと楽しめない作品は簡単にスワイプされて流れる。

 

「人気になりたければ万人に受ける作品を作りなさい」と

そう言われているみたいで腹立たしい。

 

 

 

しかし、泥臭く生きるならこの社会の決まりに沿った生き方をした方が、

生きやすくなるというのもまた事実だろう。

 

意地になり「私は自分の決めたスタイルを貫き通す!」というのも悪くないが。

「なるほど、それならこの通りに歩くか。」と道を変えることも生きていく上で大事だ。

環境を自分の手で作り変える労力よりも、

環境に自ら順応した方が疲れにくいのだ。

 

 

だが、自分のスタイルは絶対に捨ててはいけないと覚えておいてほしい。

捨てるのではなくて「一旦置く」のだ。

 

毎晩隠れて、秘密の礼拝堂に行き、

自分のスタイルはそこで磨くべきだ。

 

順応した自分と、そうでない自分を両方肯定できたとき、

真の傑作を作ることが出来る。

 

…と私は思う。

 

 

 

話がまとまっていないように見えるが、何を言いたいかというと、

最初から、「環境に適応した作品に自分のエゴが乗るような描き方」を

すればいいということだ。

 

今まで いともたやすく こなしてきたじゃないか。

簡単なことだろう?

ヒントは今日のXに投稿した4枚の画像だ。

健闘を祈るよ。

 

 

以上、最近困り果ててる私に送る今日のブログだ。

ではな。


https://x.com/twobookhuman/status/1751041341096915125?s=61