常識の境界線
2000年12月24日、クリスマス・イヴ。
無期限の旅を敢行していたオレは、ユカタン半島~中米の旅を終えて、その日はメキシコのカンクンからニューヨークに向かうことになっていた。
出発当日のカンクンは朝から激しいスコールが襲っていて、道路は膝まで浸かるほど冠水していた。その天気では予定のフライトもキャンセルになっているだろうと思いつつも、宿の主人に即席で作ってもらった黒いゴミ袋の合羽を着て、豪雨の中タクシーを拾い、船に乗ったような気分になりながら空港まで向かった。
ところが空港に到着してみると、街での豪雨は嘘であったかのように晴れ渡っていて、フライトはオンタイムで運行していた。
結果、オレは予約のフライトを乗り過ごしてしまった。
実は国際線のフライトに乗り遅れたのはこれが三度目。
その度ごとに悪運に助けられるのだけれど、このときもオープンチケットだったので、何の問題もなく次のフライトを予約できた。ただし頭の先からつま先までずぶ濡れの状態で、不覚にも着替えをとる前に荷物をチェックインしてしまったので、クーラーの効いた空港の中で7時間余りも待たなければならなかった。
それは酷い拷問を受けているようだった。。。
到着地のニューヨークは冬の真っ只中。
しかも夜9時過ぎで底冷えがする。
靴は生乾き。
出発を決めたのが前日だったので当然宿は決めておらず、その時間、その状態から宿探しをしなければならなかった。
折角ニューヨークに来たのだから、チェルシーホテルのような場所にでも泊まりたかったが、勿論空室などないし、そもそもこれからの長旅を考えると安宿に泊まるのが無難な選択だった。
マイナーで、趣のある宿から順番に電話をかけてゆくも全く空きはなく、結局はセントラルパーク近くの一番大きなユースホステルにようやく空きを見つけることができた。
部屋は16人の相部屋で、20世紀最後の年越しイベントに立ち会うために、世界各国から来た旅行者で全てのベッドが埋まっていた。オレが陣取った二段ベッドの上段にはドイツから来た女の子がいたが、満員御礼のため、一緒に来ている友達と妹とは別の部屋になってしまったらしい。彼女には喘息の持病があり、冬の渇いた空気がとても辛そうだった。
2日後、窓際の数人がチェックアウトしたのと入れ違いで、日本人の大学生らしき3~4人組がチェックインしてきた。大きめのスーツケースでやって来た彼らは、バックパッカーというには小ギレイ過ぎる感があり、おそらく米国に留学している日本人の子たちなのだろうと思われた。さほど気にも留めていなかったが、彼らが来たその夜にその出来事は起こった。
夜11時過ぎ。
その日本人は皆が消灯してベッドに入っているのを全く考慮せずに雑談を続けていて、終いにはドライヤーまで使い始めた。ようやく静かになったと思った瞬間に、その中の一人が部屋の暖房のスイッチを入れた。スイッチが入った瞬間、もの凄い轟音と渇いた空気が部屋中に立ち込めた。しばらくするとスイッチを入れた女はスイッチを消し、暫くするとまた入れる…ということを繰り返した。
静まり返った部屋の状況は、逆に誰もが眠れずにいることをあらわしていた。誰もが女の迷惑な行動に苛立っていたはずだが、誰も何も言えずにいた、オレを含めて。
暫くすると、埃っぽく渇いた空気に咳き込み始めたドイツ人の女の子が、たまらずオレに助けを求めてきた。
『私は喘息を患っているので、暖房をオンにすると息苦しくて眠れない・・・』と。
弱者に合わせるのは当然。
ましてや病気を患っている人の症状がそれを止めることによって改善されるなら、"暖房のスイッチを入れないこと"なんて、とても簡単なことで、誰も反論しないと思っていた。そう思ってスイッチ操作をしていた日本人女に状況を説明して、暖房のスイッチを入れないように頼んだ。
返事は・・・
『えー、いやですー。窓際ってすごく寒いんですよー、知ってますかぁ?』
だった。
さらに事情を説明しても一向に止める気配は無く、そのスイッチ女を庇うように他の日本人もスイッチ女に同調した。その状況がとても"狂っている"と思った。
"寒さなんて、厚着をすれば解決できるじゃん"と思っても、スイッチ女たちには通じないらしかった。それどころか、喘息の子に"部屋を替われ"と言い放った。
多勢に無勢だった。レセプションに行っても『そんなトラブルは自分らで解決しろ』の一点張りで埒が明かず、別の部屋に空きベッドも無かったので、結局ドイツ人の彼女は部屋を出て行き、別の部屋にいた妹のベッドを半分借りてその夜を過ごさなければならなかった・・・。
この一件を通して、同じ日本人として愕然としたし、恥ずかしかった。そして一人の意見を通すことの難しさと、敢えて議論に関わろうとしない周囲の無関心を実感した。
自分の意見を他人に押し付けるつもりはない。
"相部屋に泊まる時点である程度の覚悟はしなければならない" というのも正論かも知れないが、状況によっては"こうすべき"という道は一つしかないと思う。
この一件で、どこまで他人を尊重し、どこまで自分を主張するかということの決断点は、人によって結構違うものなのだということを知った。
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<今日の音>
Phil Campbellの『Hope, Faith and You』
無期限の旅を敢行していたオレは、ユカタン半島~中米の旅を終えて、その日はメキシコのカンクンからニューヨークに向かうことになっていた。
出発当日のカンクンは朝から激しいスコールが襲っていて、道路は膝まで浸かるほど冠水していた。その天気では予定のフライトもキャンセルになっているだろうと思いつつも、宿の主人に即席で作ってもらった黒いゴミ袋の合羽を着て、豪雨の中タクシーを拾い、船に乗ったような気分になりながら空港まで向かった。
ところが空港に到着してみると、街での豪雨は嘘であったかのように晴れ渡っていて、フライトはオンタイムで運行していた。
結果、オレは予約のフライトを乗り過ごしてしまった。
実は国際線のフライトに乗り遅れたのはこれが三度目。
その度ごとに悪運に助けられるのだけれど、このときもオープンチケットだったので、何の問題もなく次のフライトを予約できた。ただし頭の先からつま先までずぶ濡れの状態で、不覚にも着替えをとる前に荷物をチェックインしてしまったので、クーラーの効いた空港の中で7時間余りも待たなければならなかった。
それは酷い拷問を受けているようだった。。。
到着地のニューヨークは冬の真っ只中。
しかも夜9時過ぎで底冷えがする。
靴は生乾き。
出発を決めたのが前日だったので当然宿は決めておらず、その時間、その状態から宿探しをしなければならなかった。
折角ニューヨークに来たのだから、チェルシーホテルのような場所にでも泊まりたかったが、勿論空室などないし、そもそもこれからの長旅を考えると安宿に泊まるのが無難な選択だった。
マイナーで、趣のある宿から順番に電話をかけてゆくも全く空きはなく、結局はセントラルパーク近くの一番大きなユースホステルにようやく空きを見つけることができた。
部屋は16人の相部屋で、20世紀最後の年越しイベントに立ち会うために、世界各国から来た旅行者で全てのベッドが埋まっていた。オレが陣取った二段ベッドの上段にはドイツから来た女の子がいたが、満員御礼のため、一緒に来ている友達と妹とは別の部屋になってしまったらしい。彼女には喘息の持病があり、冬の渇いた空気がとても辛そうだった。
2日後、窓際の数人がチェックアウトしたのと入れ違いで、日本人の大学生らしき3~4人組がチェックインしてきた。大きめのスーツケースでやって来た彼らは、バックパッカーというには小ギレイ過ぎる感があり、おそらく米国に留学している日本人の子たちなのだろうと思われた。さほど気にも留めていなかったが、彼らが来たその夜にその出来事は起こった。
夜11時過ぎ。
その日本人は皆が消灯してベッドに入っているのを全く考慮せずに雑談を続けていて、終いにはドライヤーまで使い始めた。ようやく静かになったと思った瞬間に、その中の一人が部屋の暖房のスイッチを入れた。スイッチが入った瞬間、もの凄い轟音と渇いた空気が部屋中に立ち込めた。しばらくするとスイッチを入れた女はスイッチを消し、暫くするとまた入れる…ということを繰り返した。
静まり返った部屋の状況は、逆に誰もが眠れずにいることをあらわしていた。誰もが女の迷惑な行動に苛立っていたはずだが、誰も何も言えずにいた、オレを含めて。
暫くすると、埃っぽく渇いた空気に咳き込み始めたドイツ人の女の子が、たまらずオレに助けを求めてきた。
『私は喘息を患っているので、暖房をオンにすると息苦しくて眠れない・・・』と。
弱者に合わせるのは当然。
ましてや病気を患っている人の症状がそれを止めることによって改善されるなら、"暖房のスイッチを入れないこと"なんて、とても簡単なことで、誰も反論しないと思っていた。そう思ってスイッチ操作をしていた日本人女に状況を説明して、暖房のスイッチを入れないように頼んだ。
返事は・・・
『えー、いやですー。窓際ってすごく寒いんですよー、知ってますかぁ?』
だった。
さらに事情を説明しても一向に止める気配は無く、そのスイッチ女を庇うように他の日本人もスイッチ女に同調した。その状況がとても"狂っている"と思った。
"寒さなんて、厚着をすれば解決できるじゃん"と思っても、スイッチ女たちには通じないらしかった。それどころか、喘息の子に"部屋を替われ"と言い放った。
多勢に無勢だった。レセプションに行っても『そんなトラブルは自分らで解決しろ』の一点張りで埒が明かず、別の部屋に空きベッドも無かったので、結局ドイツ人の彼女は部屋を出て行き、別の部屋にいた妹のベッドを半分借りてその夜を過ごさなければならなかった・・・。
この一件を通して、同じ日本人として愕然としたし、恥ずかしかった。そして一人の意見を通すことの難しさと、敢えて議論に関わろうとしない周囲の無関心を実感した。
自分の意見を他人に押し付けるつもりはない。
"相部屋に泊まる時点である程度の覚悟はしなければならない" というのも正論かも知れないが、状況によっては"こうすべき"という道は一つしかないと思う。
この一件で、どこまで他人を尊重し、どこまで自分を主張するかということの決断点は、人によって結構違うものなのだということを知った。
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<今日の音>
Phil Campbellの『Hope, Faith and You』