蔵人のヒマジンな時間 -191ページ目

道のり


僕はタイヤの空気穴のように

走る車の

同じ場所を行ったり来たりしている。

飛ばしていくハイウエイの速さに熱くなりながらも

淘汰されてく僕を

もう一人の僕が傍観している。

すり減っていく周りの環境を見ながら

ただ立ち尽くし

僕を全うしている。

削られてく時間に怯えながらも。



  ~<2001年3月20日の日記から>



7年前に書いた詩。

この詩からは想像できないかもしれないけど、
当時はカナダに住んでいて、
毎日のように友達たちとバカ騒ぎをして、
傍目から見れば悩みなんかこれっぽっちもないようなキャラクターだった。

実際にこの詩を書いた当日は
友達たちとクラブに繰り出して飲んだくれていた。
けれど、一人になるとたちまちに湧き上がってくる不安感。


人間は歳を重ねるにつれ人生を学び、優しさを覚え、
肉体の衰えと反比例するように精神的強さを身につけて、
そして、ようやく人の親になる資格を得るのだ…、と思っていた。

だけど俺は、7年前と何も変わっていない。
ひたすらハイウェイの出口を探して彷徨っている。
培うべき精神的強さは、むしろ脆さへと変わってしまった気さえする。

答えはすべて自分の中にある。
それは分かっているけど。



  ~<2008年9月13日の日記から>



2~3年前って、自分の人生の中で一番どん底の気分だった。
友達も結構いたし、仕事も順調で、何不自由ない暮らしを送っていたけど、
ただひとつの大きな変化が、心にぽっかりと穴を開けた。
それは、初めてリアルでゲイの世界に踏み込んだこと。

ゲイの友達ができて、二丁目に飲みに連れて行ってもらったりして、
その世界の実情というものがよく分かったけど、
それと同時に、自分の位置が分からなくなった。

それまで築いてきた価値観がガラガラと音を立てて崩れ落ち、
真っ白でだだっ広い世界に、一からすべてを自分で配置していかなければならない、
そんな感覚だった。

不安で、途方に暮れた。

最終的には開き直りというか、
結局、ストレートだろうがゲイだろうが、
自分という人間は同じものであって、
どうあがいても自分なのだ、だから仕方がない!
って感じに割り切って、正直に生きることにしたら、
おのずと不安も消えていった。

たくさんのゲイの仲間と出会って、話して、
彼らが何の負い目も感じずに生き生きと生きていることが
助けになったと思う。

あ、それから、
『ゲイの世界には残り物はない!』って言葉の影響も大きいかも(笑)


今後も不特定多数に対して顔を曝け出して、積極的に
『自分はゲイだ!』とカミングアウトする気はないけど、
もし会社の同僚にバレたら、『はい、そうです』って言える気がする。
そういう心持ちが、自分を呪縛から開放したのかなと思う。

もし偏見を持ってバカにする人がいたとして、
自分には負い目を感じることは何もないし、
オレがその人より劣るか?って考えたら、
おそらくそんなことはないしね。




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<今日の音>

中孝介の『それぞれに』