はろー、めりーです!


人間とは考える葦である(・∀・)


そして、だいたい、

人が考えることとは、


どちらだと正解か、どちらを選ぶべきか

という判断なわけです。


私たちは生きている限り、

この判断を続けます


これはちょうど、

部屋に扉が二つあって、

どちらかに進み、

それをどんどん繰り返すようなゲームです。


私たちは誰も

そういうゲーム的世界に生きています。


そして実は、この時の扉を選ぶ基準

人によって様々なのですが、


例えば、より得をしそうなほう

より楽しそうなほう

より怖くなさそうなほう

そうやって、その人の価値観に応じて

みんな扉を選んでいるわけです。


扉には、前情報としての

張り紙しかないので、

扉を開けてみるまでは、

それが本当にそんな部屋なのかも

実際はわからないのですが、

私たちは前情報を基に

経験から推測、計算して、

自分にとってより有利な

部屋を選び進もうとしているわけです。


しかし、実は、

ツインレイ関係において、

扉を選ぼうとした時、選んでも選んでも

満足いく結果が訪れないという事態が

発生します。


ツインは一体どの部屋にいるのか


どちらの扉を選べば

ツインと心から愛し合う世界が

待っているのか


どこかに確かにあるような予感は

なぜかすごくするのだけれども


扉をあけどもあけども


ハズレばかりのように思える( ;´Д`)


右を選んだら満足できなかった。

じゃあ左が正しかった??


私たちの通常の感覚

ツインレイという世界に迷い込んだら

この迷子状態からずっと抜けだせず、

彷徨い続けることになるのです。


いつしか疲れ切って

立ちすくみ、うずくまり、

そして、絶望し、

扉を選ぶということも

諦めてしまいます。


実のところ、

これがいわゆる

『サイレント』現象


私たちは

観念や計算によって

扉を選ぶという

これまでの心の癖

ここで初めてやめます。


そこで初めて

ある音が聞こえてくるのです。


それは、自分の息づかい


選ぶ扉がどうであれ、

今、私自身はここにいるということ。


扉を選ぶのに必死で、

自分がこんなに、

息が上がっていたことも

気づかずにいた


案外、自分で自分のことこそ

わからないものなのですねT T


そして、改めて自分を見つめた時、


自分の影法師に気がつくのです。


どんな時でも

形を変えながらでも、

いつでも自分と繋がっていた影法師


光なき時には見失ってでも、

私が私としている限り

消えることはない

もうひとりの自分。


そう、

ツインはずっとここにいたのです!


あらー!!(・∀・;)


だからこそ、

自分を見つめて

気にかけることができるまでは、

ツインレイの存在を

真には感じ得ないのですね。

ずっとそばにいて

繋がっていたとしても


自分以外の何かを判断するゲームに

熱中しているうちは

気づくことができない


自分ではツインレイを

一生懸命追いかけているつもりでも

実は全然違うところを

探してる^^;


本当はいつでも

二人はお互いの影として共にある


そのことに気づけて

相手は自分自身で

二人は一つの存在で

いつも一緒なのだと腑に落ちた時


私たちの

苦しく彷徨い続ける旅は終わり、


どちらの扉を選ぶかという

ゲームであるこの人生を

いつもツインと共に進むことができる。


それはたぶん、損得ではなく

正しい扉を選ぶのでもなく、

自分が進みたい感じるままを、

ただワクワクと楽しむこと✨


そして扉を選び続けることは

人生そのものだから

やめるわけにはいかないけれど、


今をただ感じさえすれば

すでに一番大切なものは

全てがここにあること


自分自身という存在、そのもの


それを教えてくれるのが

きっとツインレイ


というわけで、

気づいていようがいまいが、

自分が不幸であろうが幸せだろうが、

実はいつも共にある影法師✨


どんな扉を選んでいる時も、

そんな特別な存在

いつでも愛していきたいですね✨^^



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