こんにちは、きなこです。
最近ちょっと感じたことを書いておこうかなって
私の家族の話なんですけど
私は父と母と姉がいて、姉は嫁いで今家にはいませんが、私は自立できずに父母と同居しています。
長く同居して大人になるにつれ自分の親の偉大さと自分の愚かさを実感しました。
そんな話をしていきたいと思います。
母について。
私の母はとても元気でとても優しい人です。
運動が好きでインドアな趣味は殆ど持たない人でした。
でも、数年前に同僚に本を貰ったとかで読書をするようになり、年に何冊も色んなジャンルの本を乱読しては内容を私と話してくれました。
二十数年、一緒に暮らしていますが読書をしているところなんて見たことがない母が還暦も近い歳になってからも挑戦して楽しんでる姿を見て私はとても感激しました。
何事も始めるには遅くないんだと。
その頃の私は活字が読めないことがコンプレックスで、読書習慣をつけたいと思いながらも「どうせ大人になった今からなんて、習慣にならないし読めるようにもならない」と諦めていたのですが、短期的ではなく習慣の楽しみとして読書している母に刺激を受けて、それから私も小説や新書を読むようになりました。なによりも家庭内に同じ本を読んで意見を言い合う読書会のようなコミュニケーションを取れる相手がいるのは最高ですね。
あと母の尊敬するところはがふたつほどあります。
1つはコミュニティが広く、いろんな活動に挑戦しているところですね。
ダンスやジム、今は楽器に挑戦していて色んな人とかかわりあっていつも楽しそうです。
私はそういうところは無いので、今後挑戦していきたい一つです。
2つ目は言葉です。
母はとてもポジティブで前向きな発言が多いです。でも、それはもとからではなく意識して使用していくことでポジティブになったようです。
先日母が日記帳の整理をしていました。私の幼少期の日記帳には父と母は関係がとても険悪でとてもネガティブな言葉が多かったといいます。
ここ15年ほどでポジティブな言葉を使うことで人生がよりよくなったから「言霊を信じろ。他人は変えられないけれど、自分は変えられる」と母は言いました。
そんな母が私にエールの言葉を送ってくれたのは『がんばれ』です。
『頑張れ』ではなく、笑顔で心を晴らしてという意味で『顔晴れ』という漢字を使ってポストカードに書いてくれました。
それを部屋のドアにいつでも見れるように貼っています。
父について。
私の父はとても真面目な人ですがひょうきんな人でもあります。
母とは違って一人趣味が多く楽器やウォーキングなどをしています。
正直私と性格がすごく似ていて頑固で沸点が低いのです。
なんて否定的で文句が多く頑固でケチな人だと、大人になるにつれ父の嫌なところばかり目についていました(同族嫌悪)
最近気づいたのですが父の性格や考え方が丸くなってきているのです。
昔はちょっとしたことで頭に血が上っていて怒鳴り散らしていましたが
今はしっかりと話してから冷静に意見をくれることが多くなりました。
家事は殆どしなかったのに、だれもやっていないときは積極的に家事をしてくれたりと変化があり、こんな頑固な父でも変わることが出来るんだなと改めて感心しました。
ケチなところもよくよく見れば勤勉に貯金をしていて、堅実な人なんだと見かたを変えればすごく良いところですね。
とても裕福とは言えない家庭ですが危機があった場合はすぐに用意ができると言っていた父が努力して節制していてかっこいいです。
そういう長所に目を向け私も堅実に生きたいと思っています。
この父と母の話の学びは
「自分を変えることはいつだって遅くない、自分が変われば人も変わる」
ということです。
あと、コミュニケーションを取っていないとこんな事も知りえなかったことなので、家庭内でコミュニケーションを取ってお互いに考えていることを話したり、相手のいいところを素直に褒めたりすることは重要だなと思いました。
実際、二人に感化されて自分の凝り固まった氷河のような思考が少しずつ融解して変化をしていることを自分自身感じています。
世の中には色んな家庭がありますが、私は尊敬できる父母の元に生まれたことに感謝します。
昨年、大切な友人が若くして亡くなったこともあり、人に残された時間はそれぞれで有限です。
元気でいる人でも突然死を迎えることだってあります。
毎日家族が安全に過ごせることを願い、毎日健康でいられることを願い。
いつ別れが来たとしても後悔のないように日々支えられて生きていることを言葉として相手に伝えていきたいと思います。