ナク *転* | 恣意的なblog.

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僕は歩く。

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孤高でありたいと強く願った。
この想い、ひとときもわれを去らず。





高校に入り、それなりに賢い世界が広がっていると思っていたのに期待以上のものは何もなかった。
授業はいたって平凡で、寮生活というのは単調な日々の反復だった。
もちろん学業の中の共同生活というのは人間の成長において極めて大きな糧となるのは認めていたが、大切な試練であるクラブ活動はあっさり辞めてしまった。

寮の環境は先輩後輩の縦社会であり、暴力、搾取、なんでもありの理不尽さに辟易していたんだ。
一年の時は散々だったが二年に上がってからも大して変わり映えはしなかった。
所詮、最上級生の天下だったし、傍若無人に後輩を扱う特定の先輩に憤懣やるかたない気持ちになっていた。
恐らくオガワも同じ気持ちだったのだろう。

「たく、あいつそろそろシメに行かん?」オガワが上等の笑みを浮かべながら誘ってきた。

この笑みはろくでもないことを考えている時で、放埒な行動はお互い得意とする分野だったがオガワの真意が計り知れず、さすがに少し躊躇った。

「先輩はまずくない?人数が多過ぎる気がするんだけど」戸惑いを隠せず、オガワに聞いてみた。
「大丈夫だよ、一人か二人の時を狙えば」

「三年に楯突くと後々マズくない?」
「マズくない」オガワの一言ですぐに決まった。もうどうにでもなれ、だ。


あの出来事はあまり思い出したくはない。
結果的に、大人数を相手にすることになってしまった。

自分の血はヌメヌメとして薄黒く、地面に流れ出た墨色は軟体動物が這いずる様を連想させた。
アスファルトのひんやりとした冷たい地面から吐きそうな悪意に満ちた匂いを感じ、静寂のざわめきを耳にしながら起き上がる努力をしてみるも、体が全く言うことを聞いてくれなかった。
自分の血の生暖かさに生きている実感を覚えた。

先輩達が去った後、二人で道路に大の字になりながらオガワと笑い合った。
負けたけれど反抗することに意義があったので、達成感ともつかない気分の高揚を感じていた。

「たく、どう?立てる?」
「うーん、ちょっと自信がないなあ」

「腕がプラプラだったらどうしよう?」意外にもオガワが弱気になっていた。
「その辺りで添え木でも探さないとね」ウィンクをしたつもりだった。

幸いなことに二人とも骨折はしていなかったが、僕自身は顔が燃えるように熱くて痛かった。
気のせいか視界が狭く、なぜかオガワの顔が歪で異常なぐらいの大きさに見えたので一人笑ってしまった。
端正な顔立ちとの落差に可笑しくなったんだ。

たぶん酷いこと腫れ上がっているであろう僕の顔を見たオガワも笑っていた。
オガワの顔も似たようなものだったんだが。

高校に入ってからは喧嘩ばかり。
(文学少年はどこにいったんでしょうね?)自分で自分を嘲り笑った。

そして喧嘩が原因で停学、退寮処分になった。
結局二人とも入院したのだから退学処分にならなかったのが不思議だった。
処分の日、仕事を休んで両親が迎えに来てくれたことが嬉しかった。
叱られることを当たり前のように覚悟していたけれど意外にも優しく、父親の背中が少しだけ小さく見えた。

「なんか食べて帰る?」父親が聞いてきた。
「なんだよ、理由は聞かないん?」

「やってしまったことは仕方ない、先輩やったって?」
「ボコボコにされただけですけど」説明は簡単だった。

父親は子供の都合で珍しく仕事を休み、そして愛想を振りまいていた。
先輩相手ということでお咎めなしと判断したのだろう、腫れた目元が痛かったけれど、僕も珍しく笑い返した。

「いい男が台無しだなあ」父親が冗談で言ってきた。
「母親似でごめんなさい」顔は弟より少し勝っていた、その程度のことだ。

息子が実家に戻ってくることが嬉しかったのか、母親も機嫌がいいように見えた。
母親だけには心配をかけるまいと少しだけ反省した。
温かい思いやりに溢れる無償の愛にいつも応えられないのが息子の役回りなのかもしれない。


幸福感が苦手な性格は少し陰を潜め、自分が弱っている時は彼女に都合よく甘えてみたり、たまに愛を囁くこともした。
女性の微かな香りを纏った肉体の吸い付くような柔らかさが好きだったし、自分のゴツゴツした体を使って凌辱することに興奮を覚えた。
それでも彼女のことが本気で好きかどうかはわからないでいた。

それから毎日一時間ほど電車で通学する羽目になった。
通学生にも友達がいたので車内でご飯を食べ、美しい田園風景を眺めながら楽しい小旅行気分を味わった。
通学生の友達にはいいところが沢山あって居心地が良かったし、僕なんかよりもずいぶんと大人に見えた。
本来はそういう学生が集う学校だったんだ。

通学生になって先輩と関わることはなくなり、恐れていた先輩からの報復は実行されなかった。
さすがに三年に楯突く二年はいなかったので、例外扱いされたのだろう。本来、三年は学業に忙しいものだ。

同じく退寮になったオガワとは学校の最寄駅で待ち合わせをして一緒にバスで通学した。
悔しいことに頭までよかったオガワは、紛れもなく僕の心の拠り所だった。

「お前の目は濁っている、無気力で虚ろな瞳だ」哲学の先生に言われたことを、オガワに言ってみた。
オガワは目を伏せて何も答えてはくれなかった。


そんな僕に、新たな出会いが待っていた。

それは一つの切なくも愛しい運命だった。