忘れたくない。忘れたくない。どうしても、忘れたくない・・・。


忘れてしまうこと、それを怖いと思わなかったはずなのに。

どうして今になってこんなに怖いんだろう。


忘れてしまうこと、自分でわかっているから、尚更怖い。



どうして、自分の人生をきちんと歩み始めたっていうのに

こういうときに限って怖くなってしまうんだろう。

忘れたくない。



頭の中がそればっかりで、パニックになる。

1日の終わり、眠りにつく寸前の一番穏やかな時間が

今は「眠りたくない」「明日になってほしくない」という気持ちでいっぱいで

荒々しい時間になっている。

自分と自分が戦っているような感じがする。


明日になってしまったら今日が終わってしまうから。

ずっと毎日が今日であってほしいとさえ思う。

そうならないことは、当然解りきっているっていうのに。




出会ったこと繋がったこと知り合ったこと解り合ったこと。

新しい人と出会うと、どうしても考えてしまう。

例え相手が私の病気を知らなくったって

私の記憶の中にいつまでも閉じ込めておくことが出来ないでいるから。



忘れることを強く意識すればするほど、私は新しい出会いがある。

それは本当に偶然で、私が弱く後ろ向きになっているときほど

正反対の性格の人との出会いがある。

世界は広いんだ、と帰り際、ハグをしながら考える。



どうして私は上手に生きられないんだろう・・・


自分以外の誰かを認めてあげること、認めてもらうことが

こんなにも大変なことだとは思いませんでした。


応援すること、応援されることが

こんなにも大変なことだとは思いませんでした。





逃げない。

どんな状況になっても、もう二度と逃げない。


私には下から押し上げてくれる仲間がいるから。

大丈夫。もう逃げない。




今辛いのは、頑張っているからなんだって思う。






だけど、泣くぐらいなら、努力しなきゃいけないって解ったんだ。









自分以外の誰かと一緒にいようと思うのなら

努力を忘れちゃいけないんだってやっと気がついた。




どんな時でも遅いことはないと思う。

気が付ければ、そこからが再スタートにできるんだから。

誰かを大切に思うと、何故心が苦しくなるんだろう?
守りたい、大事にしたい、壊さないようにしたい、そう願うのは
必ずしも心に優しく働きかけてくれないんだ、と知った。


臆病になって、怖がりになっていくのは


壊してしまうことを恐れているから。


守れなくなってしまう事を怖がっているから。


「無くなってしまう」という事を、知っているからなんだ。


絶望感にも似たあの気持ちを知ってしまっている自分。
もう二度と経験したくないあの気持ちを考えれば考えるほど
先に進めなくて臆病になって怖がりになっている。


「どうしてそんなに臆病なの?」
「何が怖いの?」
「どうしてマイナスに考えちゃうの?」

そんな言葉を投げかけられると
「そんな事ないよ」と咄嗟に言ってしまうけれど
本当は解っているんだよ。自分の心の中の気持ちを。
怖がって情けなくなっているとても芯の弱い自分の事を。


自分以外の誰かからみると、自分はそういう風に見えるんだ。


一度立ち止まって客観的に考えてみる。


ねぇ、そんな自分ってなんだか悲しくない?



心の中で解っているのなら、きっと光は見えてくると思うんだ。




私は、頑張る努力をしてみたい。









言葉が違う事に少しの寂しさを感じた事はあっても
不便さを感じた事はない。


それは、周りが私に合わせてくれるから。


だけどそれは、相手にとっていいことなのかな。
私の努力の部分はひとかけらもなく、私だけが楽をしているように感じた。


「普通に話していいよ。気を使わないで。」と言われて
私は私さえも気がつかない内に、言葉を選んで解りやすい言葉で話していたんだ。
それはきっと日本人が思うニュアンスがきっとあるから、と固定概念で決めつけていたからだ。

何かに臆病になっている私が私をそうさせたんだ、と思った。


私が他の国の言葉を話せたとしても
私の本当の心の中の気持ちはやっぱり日本語でしか伝えられないと思う。
その逆を考えたことがなかった。
日本語を話せる人でも、やっぱり本当の気持ちを伝えるには
自分の国の言葉じゃないと伝えられないんだ。

言葉を置き換えることは幾らでも出来るけれど
そこで気持ちが伝わるかどうかは解らない。
「言葉では幾らでも言える」だけど、心がなければ
それは意味のない声なんだ。


解っていても、なんだか…もどかしいんだ。



国の違いを考えたことがなかったから。
言葉の違いを考えようともしてこなかったから。




明日突然、日本の反対側へ帰らなくちゃならなくなったら…
どうする?
それも考えたことがなかった。


私は「今日が最後だったら」を毎日思うようになった。
明日何が起こるか解らないから。
突然、会えなくなってしまうかもしれない。
だから、今日たくさん抱きしめていたい。


突然、話すことさえ出来なくなってしまうかもしれない。
だから、今日たくさん話をしていたい。


突然、温もりを感じることさえ出来なくなってしまうかもしれない。
だから、今日たくさん温もりを感じようとするんだ。


だから、いつもきれいな私でいたいと思うんだ。


だから、毎日という24時間を私は大切にする

眠っている時も、起きている時も
1秒1秒刻まれていく時間を、とても愛おしく感じる。
その寝顔さえ明日突然見れなくなってしまうかもしれないから
眠る時間さえ惜しいと思ってしまうんだ。
1分でも長く1秒でも多く声を聞いて温もりを感じて言葉を交わしていたい。


「素敵な人の近くにはいつも素敵な人がいる。
それはね、素敵な人にとても魅力があるから
近くにいる人にまでその魅力が伝染して行くんだ。
だから、今までがとても辛い人生だった人でも
素敵な人と一緒にいれば、そこからは素敵な人生に変わっていくんだ。

人間性ってそういうものなんだよ。」


私は生れてはじめて「人生」「運命」「未来」のことを考え始めました。




私は今温めている気持ちをいつか必ず咲かせるんだ、と初めて思っています。



生まれ変わるって本当に出来るんだ。
人を信じるって辛い事ではなかったんだ
誰かを大切にしたいと思うことは苦しい事ではなくて
とってもとっても綺麗な事だったんだ
人を成長させていくって、する人もさせる人も
切磋琢磨しているんだなぁ。


だって人と人って自分にないものがあるから惹かれあっていくんだから。
私にないものを持っている人。
それは逆もあって
その人になくて私にあるものがある。
だから、一緒にいたいなぁと思う気持ちは自然なことなんだね。

お互いが成長していく。
一緒にいてプラスになる。
辛いことさえ無かったことになってしまうくらい毎日が楽しいのなら
それは心の中から幸せを感じられている証拠なんだ、と思う。