先程の記事の続きになりますが、
どうして、「聴く」のプロが受けようと思って下さるのかなぁ?
と考えた時に、
やはり「聴く」に価値を見出してくれているからだろうと思うわけ。
まぁ、私と会いたい、お話したいと思って下さるので十分なんですけども笑
そりゃぁね、価値を見出せないものに、わざわざお金は払わないですものねっ
以下、独りよがりな記事にならないように気を付けつつ、思うことを書きますね笑
先ずね、
「聴く」と「聞く」の間には大きな違いが存在しているでしょ?
「聴く」は、意識的に耳を傾ける。
「聞く」は、日常の中で聞こえてきたり、聞いたりする そんなイメージ。
そこに、自分の意識があるかどうかなんだけど、
もっと言うとね、わたしの「聴く」には意図的さがあるのです。
普段から「聴く」ことに重きをおいたり、それを生業とされている方は、
「聴く」こと自体が、安易では無い事を知っているんだと思う。
人は聞きたいようにしか聞かないでしょ?笑
自分というフィルターを通して、自分の過去の記憶などと結びつけながら、
そこにいわゆる「解釈」を加えて、人の話を自分なりに理解する。
そして、人間だからさぁ、反応するじゃない?笑
同調したり、同情したり、批判したりすることもあれば、
羨んだり、妬んだり、怒ったりすることもある。
そして、話している側からしてみれば、ただ聞いてくれたらいいのに、
途中から、欲しくない(←ココポイント笑)アドバイスが始まったり、
会話を乗っ取られて、相手の独壇場になっちゃったり。笑
結局、余計にモヤモヤしたりしてね
も一つ言うなら、「こんなこと言ったらどう思われるんだろう」という漠然とした不安。
これも、対人関係あるあるやと思うんだけど、加奈子がお相手の時は心配無用です
安心安全のスペースをモットーにやってきているサロンですが、
お越し下さるお客様との会話は、
時に皆様が驚かれるような内容のこともしばしば御座いますよ
でも、話せちゃうんです。まぁ、カラダが開いてきたからっていうのもあるんですけどね。
(だから、カラダからのアプローチは素敵なのあ、話がそれた)
この人になら話してもいいかな、この人だからこそ話したいな、
そう思って頂けることが有難いですね
そんなわけで、
いかに聴き耳に自分のフィルターを付けずに聴くか。
いかに解釈を付け加えずに聴くか。
いかに自身のホンネを引出してくれるか。
いかに気づきを得られるか。
そんなところに違いがあるのだと思います。
すこ~しは伝わったかしら?
お読みくださって、有難うございました
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お待ちしております
この記事を書いていて、私がお人と接する際に心掛けていること。
それも、もしかしたら当たり前の事でもないのかもしれない。。。
ふと、そう思ったので、次の記事にてご紹介しますね