みずのほとりの物語 -2ページ目
手術前の夕食。
献立
手術前なので、また通常食の模様。
翌日は手術なので、絶食。
しっかり味わいながら食べましょう。
香椎宮へ行きました。
病気平癒を祈願。
御守り。
また、香椎宮から徒歩7分ぐらいの所に、
不老水が有ります。
香椎宮で参拝した後に、
不老水を汲みに行きました。
九州最北端の神社
和布刈神社に行きました

潮が引いたら渡れるのか?
鳥居。いまは、封鎖されてました。
御朱印
関門大橋を見上げれます。
那須大八郎が、平家落人の反旗なき姿に、
憐れみ、平家尊々の安芸の宮島、厳島神社の
守護神を勧請して創起させました。
おみくじ引きました

大吉出ました

日向から西へ、九州の真ん中付近の
山奥にある村、椎葉村。
昔は、道が悪く、辿り着くには、かなり
苦労したようですが、今では、道が良くなり、
スムーズに辿り着くことが出来ました。
椎葉村は平家落人が、隠れ住んだ場所として
の伝説がある場所。
その平家落人討伐に向かったのが、
那須の与一の弟、大八郎。
栄華を極めた平家の反旗なき姿に憐れみ、
大八郎は、討伐しました!と嘘の報告をし、
大八郎自身もこの地に住むことになります。
そこで出会ったのが、平家の姫の鶴富姫。
大八郎と鶴富姫は、結ばれます。
その鶴富姫の住んだ屋敷が、鶴富屋敷。
大八郎と鶴富姫。
大八郎に帰還命令がでた時には鶴富姫は、
身ごもっており、大八郎は、別れの際に、
男の子なら、わが祖国へ、女の子なら、
この地で育てるようにと言い残しました。
生まれてきたのは、女の子。
後に、婿をもらい、大八郎の苗字の那須の
姓を名乗りました。
鶴富屋敷のある場所の風景
大友宗麟が築城。
元々、この場所は、丹生島といい、文字通り、
島だったそうで、その地の利を生かした、
守りの硬い城として築城されました。
治めていたそうです。

臼杵石仏に行きました。
平安時代から鎌倉時代に彫刻されたと
言われついます。
1980年から1994年にかけて復旧させました。
大分へ、
別府湾パーキングで一休み

鬼の伝説👹
お蕎麦屋さんへ。
別府湾が一望出来ます

平戸へ行きました。
蘭風に、宿泊。
湯快リゾートとして、リニューアルしました。
目の前は、海水浴場

ホテルから直接行けるのが良いですね。
また、室内でも、
卓球や、マンガ、カラオケ、足湯など
遊ぶ所が色々あります。
ハンモックでもマンガ読めます。
なかなか楽しみところでした。
海を眺めながら、コーヒーでも☕️!

