最近のマスコミの報道を見ていると、まるで自分が正義であるという勘違いをしているのではないかとも思えるような手法で取材をする姿がありますよね。
ここ最近で目に付いたのが、
取材対象車に発信器取り付け追跡 TBSが番組で謝罪(asahi.com
)
TBS系のテレビ番組「報道特集NEXT」などで制作協力したAPF通信社の記者が取材対象者の郵便物の記載内容を勝手に見た問題で、TBSは16日、新たに、同通信社の取材担当者が、無断で取材対象者の車に全地球測位システム(GPS)機能付きの発信器を取り付け、行動を追跡していたことを明らかにした。
同番組などは昨年12月、外国人男性がただの黒い紙を、事情があって黒く塗りつぶされた紙幣と称して被害者に渡し、金銭をだまし取った、とする詐欺事件の特集を放送。この外国人男性への取材過程で問題は起きた。
TBS広報部によると、発信器は昨年6月と9月の計2回、取り付けたという。取材対象の男性の自宅を割り出すためなどに、使ったとみられる。
TBSは16日の「報道特集NEXT」の中でこの事実を発表し、「報道倫理上認められないもの」とした。番組で久保田智子アナウンサーが「TBSは通信社側からこの事実を全く知らされていなかった。しかし、不適切な取材が行われていないか確認する責任があり、深く反省しております」と陳謝した。
郵便物を見た問題についてはすでに、放送倫理・番組向上機構(BPO)の放送倫理検証委員会が審議することを決めている。
ということで、その審議の結果が公表されていました。
TBS『報道特集NEXT』ブラックノート詐欺事件報道に関する意見を通知・公表(BPO
)
放送倫理検証委員会は2010年4月2日、TBS『報道特集NEXT』ブラックノート詐欺事件報道に関する意見を、TBSに通知したあと、公表しました。
この意見では、違法かつ放送倫理に反する取材方法に対して注意を促すと共に、テレビ局と制作会社のあり方について深く言及しています。1月の委員会で審議入りし、3回の議論の末、決定を出したものです。
報告書の一部抜粋
1.郵便物の持ち出しと開封――健全な常識の欠如を憂う
他人の郵便受けから郵便物を持ち出し、開封することが法律に触れる行為であることくらい、誰もが知っている一般常識ではないだろうか。郵便物の持ち帰りは刑法235条の窃盗罪に当たり、開封は、親告罪だが、同133条の信書開封罪に該当する。
報告書には、制作会社のディレクターからマイケル宛ての葉書の持ち出しと開封を指示されたアシスタント・ディレクターが「まずい」と主張し、「抵抗した」とあるが、それこそ常識にかなった、健全な判断だったと言うべきである。
制作会社とディレクターは、アシスタント・ディレクターに違法な行為を命じ、その意に反して実行させた責任を負わなければならない。むろんTBSも、このような明白な違法行為が行われていた事実を把握できないまま放送した責任を免れない。
2.発信器の取りつけ――議論が尽くされていない
TBSは報告書でも、また1月16日に行ったお詫び放送でも、上記の葉書の持ち出し・開封と並べて、2回の発信器取りつけについても、「こうした取材行為は、報道倫理上認められない」「不適切な取材」だったと述べている。
報告書がその根拠としているのは、TBSの「報道倫理ガイドライン2009年版」である。そこに「報道の基本姿勢」として「正確であること」「誠実であること」等とともに「品位があること」という項目が掲げられ、「社会通念から逸脱する手法や手段をとってはならない」とある。発信器設置はこれに抵触する、と判断されたようである。
報告書はまた一方で、TBSが社内調査の時点で制作会社から受けた説明として、発信器を取りつけたのは「『詐欺的行為』の悪質性、尾行の難しさ、外国人犯罪の人定の難しさ及び交通事故の回避などの理由から、今回のケースでは発信器の使用はやむを得ない選択である(と判断した)」とも記している。ここからは、制作会社側も発信器取りつけが通常は行われない取材手法であり、今回は特殊なケースである、と考えていた節がうかがえる。
だが、こうした制作会社の説明に関して、TBSが、あるいは社内調査チームがどのような検討をしたのか、またTBS側と制作会社のあいだでどんな議論が交わされたのかについて、報告書は何も触れていない。
委員会が奇異に感じるのは、ここである。
取材手法や手段は、取材者・制作者にとっては常日頃の関心事のはずである。マスメディアの、とくに報道の分野ではこれまでも、「隠し撮り」や「隠し録音」が取材対象者のプライバシーの侵害に当たらないか、相手との信頼関係を損ねることにならないかといった議論がされてきたが、そのたびに指摘されたことは、これらの是非は、
行為の外形的事実のみによって形式的に即断されるべきではなく、報道の使命や公益性・公共性との相関、さらには必要性・緊急性の度合いや、他に代替手段がないのかどうか等、取材状況の個別特殊な事情を勘案して判断されなければならない、ということであった。
隠し撮りや、本件のような発信器設置という行為には、プライバシー等に関わる法的な問題が否応なく関わってくる。そのような場合には、品位や社会通念の観点ばかりでなく、事件の態様や取材の進展状況に即した検証が必要になるはずである。そうした議論や検討を経ないまま、特定の取材手法の善し悪しを決めることは、形式的なルールのひとり歩きにつながり、放送倫理の向上とは縁遠いものとなる。
最近の報道にはこのような行き過ぎた取材以外にも政治の方向性を決めようとするような偏ったものが多すぎるような気がします。報道とは何なのか。大スポンサーにのみ偏った報道にも問題はありますが、このような取材手法はマスコミだからという理屈でワイドショー的な視点で取材をする報道しかできない放送局は免許を取り上げるべきだと思います。
