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それでは 2026年最初のメディカル・ミステリーです。
2026年1月3日付 Washington Post 電子版
Medical Mystery: She battled bladder accidents for decades before doctors found the problem
メディカル・ミステリー:医師が原因を突き止めるまで数十年にわたって彼女は膀胱のトラブルに悩まされていた
A woman's decades-long struggle with incontinence was finally solved when doctors discovered a rare condition.
数十年にわたって苦しんだ女性の尿失禁の問題は医師によって稀な病気が発見されついに解決した
(Bianca Bagnarelli/For The Washington Post)
By David Wahlberg(デイビッド・ウォールバーグ),
Cindy O’Connor(シンディ・オコナー)さんは物心ついた頃から膀胱をコントロールできなかった。突然尿意を催しトイレにたどり着く前に漏らしていた。
幼稚園の頃、Wisconsin(ウィスコンシン)州に住むこの女性が雪用ズボンを濡らして校舎の外に座っていると、ズボンは凍りついて棚のようになった。7年生(中学1年生)の時、教師は彼女がトイレに行かなければならないふりをしているだけだと思い込み、廊下で彼女を制止した。するとクラスメートに囲まれたその場で彼女のジーンズがびしょ濡れになった。友達と外で遊ぶ時は、近くのしだれ柳まで走って行き、か細い枝の下で用を足していた。
子供たちは彼女を『pee-britches(お漏らしズボン)』と呼び、また両親には叱られた。尿意を減らすため水を飲むのをやめたが、それは便秘による腹痛を招いただけだった。
成人してからは、特に息子が生まれてから症状が悪化した。彼女は、仕事の打ち合わせを突然抜け出したり、長距離ドライブでは頻繁に車を停めたり、トイレの場所を考慮した散歩計画を立てたりしなければならなかった。彼女のかかりつけ医は overactive bladder(過活動膀胱)と診断したがそれに対する治療法を提案しなかったため、彼女は吸収性パッドを着用し、尿失禁と共存するしかないと考えていた。
他の医師たちはようやく薬を処方し、問題を解決しようと2つの器具を埋め込んだが、それらの治療は効果がなく副作用も生じた。その後 O’Connor さんは別の専門医を受診したが、それまでの医師が指示しなかった検査を受けて初めて、通常ならはるかに若い年齢で発見されるような稀な疾患であると診断されたのである。
「何年も前に気づいてくれていたら良かったのにと思います」と、現在65歳の O’Connor さんは言う。「そんな普通の生活ができていたらどんな感じだったんだろうと考えます」。
シンディ・オコナーさん(シンディ・オコナーさん提供)
Lifelong struggle 生涯にわたる闘い
O’Connorさんの幼少期の記憶は、おしっこのお漏らしで彩られている。
両親は彼女に夜遅くまで起きていたらサンタがプレゼントを置いていかないと言っていた。そのためトイレに行くのを怖れてクリスマスイブにはよくおねしょをした。Madison(マディソン)市の南にある小さな町 Belleville(ベルビル)で育ち、今もそこに住む彼女は、毎年当地で開催されるカーニバルで Ferris wheel(観覧車)に閉じ込められ、おしっこを我慢できなくなった。学校で失敗すると、服を着替えるために休み時間に歩いて帰宅した。
「『あなたはなぜギリギリまで我慢するの?』と言われた回数は数えきれないほどです」と O’Connor さんは言う。
「私はそんなことはしていません」といつも彼女は答えていた。
思春期を過ぎても症状が改善しなかったため、他の症状で受診した際に医師に伝えたが、彼女の尿失禁には注意を向けられなかった。21歳で息子を出産後、子宮内膜症を発症した。これは子宮内膜に似た組織が子宮外で増殖する疾患である。このため数年後に彼女は子宮全摘出術を受けた。彼女の異常な膀胱機能はあまり重要視されていないようだった。
息子を育てながら、夫の Mike(マイク)さんが保険会社を立ち上げるのを助け、肺癌で亡くなるまでの父親の介護もこなす中で、O’Connor さんは尿失禁に順応していった。朝の散歩では、Mike さんと一緒に、消防署、教会、公園、laundromat(セルフサービス式コインランドリー)、そしてバーなど、いずれも早朝からトイレが使える場所を回り、必要な時に駆け込めるようにしていた。
しかしこの症状は、ちょっとした面倒というようなレベルを越えるものだった。間に合うように Mike さんが車を停めるのに苦労するため二人は長距離ドライブに出かけるのを止めた。時には尿意切迫があまりに強く O’Connor さんの全身が震えることもあった。彼女の気持ちが落ち着かない限り失禁は避けられない状況だった。
「膀胱がけいれんしているようで、心臓は高鳴り、耳はキーンと鳴り、頭はズキズキしていました」と彼女は言う。「すべてがめちゃくちゃになりました。もしすぐに立ち上がったら、もうダメでした」。
Unhelpful treatments 役に立たない治療法
40代後半、健康保険の変更により O’Connor さんは新しい婦人科医を受診することになった。医師は尿失禁に対して過活動膀胱治療薬の Detrol(デトロール)という薬で治療した。しかし効果はなく、O’Connor さんの便秘を悪化させるだけだった。
続いてその婦人科医は尿道の下に mesh sling(メッシュのスリング〔紐あるいは帯〕)を外科的に挿入した。これにより一部の尿失禁が緩和される可能性がある。しかし手術中にオコナーの膀胱が傷つき、12日間カテーテルの使用を余儀なくされた。さらにスリングで排尿が困難になったため、3ヶ月後に医師はその器具を切断して張力を緩和した。
O’Connor さんは別の過活動膀胱治療薬である Oxybutynin(オキシブチニン)が試されたが、効果はなく、ドライアイと視界のかすみをもたらした。さらに別の医師——泌尿器科の訓練を受けた婦人科医——を訪ねると、Vesicare(ベシケア)という薬を処方されたが同様の副作用がみられた。骨盤底筋を強化する Kegel exercises(ケーゲル体操)などの理学療法も効果はなかった。
その泌尿婦人科医は次に脳・膀胱間で情報を伝達する神経を電気パルスで刺激する尿路用の ‟ペースメーカー” のような働きをする装置を埋め込んだ。
その装置も O’Connor さんの膀胱症状を軽減しなかった。代わりに彼女の身体の別の部分が刺激を受けてしまった。「足の指が丸まるほどでした」と彼女は言う。
A new test 新たな検査
最初の治療から4年近くが過ぎた 2013年、彼女は Madison 市のUW health(ウィスコンシン大学ヘルス)で新たな泌尿婦人科医 Sarah McAchran(サラ・マカクラン)氏を受診した。婦人科の訓練を受けた泌尿器科医である McAchran 氏は、O’Connor さんについて二つの特異な点を見出した。彼女の尿失禁が幼少期から続いていたこと、そして数多くの治療に反応しなかったことである。McAchran 氏はさらに2種類の薬剤を試したが、それらも効果はなかった。Mirabegron(ミラベグロン)は O’connor さんに頭痛を引き起こし、oxybutynin の外用剤(経皮吸収型ジェル)である Gelnique(ジェルニーク)では発疹が出現した。
そこで McAchran 氏は尿流動態検査を実施した。この検査ではカテーテル、電極、液体を用いて膀胱容量、圧力、および尿流量を測定する。O’Connor さんの結果は異常だった。「彼女は排尿の最初の感覚が非常に早かったのです」と McAchran 氏は言う。「彼女の膀胱収縮は次第に増強しすべてが尿漏れと関連していたのです」
カメラを取り付けた柔軟性の内視鏡を用いて、McAchran 氏は O’Connor さんの膀胱を観察しtrabeculations(肉柱形成)すなわち壁の肥厚を認めた。これは膀胱が過剰に収縮していたことを示唆する所見である。「これは膀胱が尿を排出するために必要なレベル以上に働かざるを得なかった兆候である可能性があります」とMcAchran 氏は言う。
潜在する神経系疾患を疑った McAchran 氏は脊椎MRI検査を依頼した。その検査では、O’Connorさんの脊髄末端が低い位置にあり、脊髄末端と尾骨の間に位置する帯状の組織に異常が認められており tethered spinal cord(脊髄係留症)と呼ばれる病態を示していた。この病態においては、脊髄が自由に移動できず脊柱管に固定されている。身体の動きによって脊髄が過度に伸張され、脳・膀胱間の信号伝達が妨げられる可能性がある。
この状態は手術による瘢痕組織が原因となることもあるが、しばしば出生時から存在し、その場合は、重篤な障害を引き起こす可能性のある先天異常の軽症型である spina bifida occulta(潜在性二分脊椎)と関連している。O’Connor さんはほぼ間違いなく出生時から脊髄係留症を患っていた;これを持つ多くの子供たちは幼い頃に診断される。しかし、中年女性の場合、「これを診断するには、この疾患を念頭に置いておく必要があります」と McAchran 氏は言う。「女性に尿失禁がみられる場合には、これより他にもっと一般的な原因が数多く存在するため、まずそれらに焦点が当てられることになるのです」
この診断を聞いた時、O’Connor さんは有頂天になった。ついに彼女はこれまで耐えてきた嘲笑への答えを得たからである。
「ほら、私のせいじゃないって言ったでしょ?私が我慢しすぎてるわけじゃないのよ」O’Connor さんは身近な人たちにそう話したと言う。「もう何年もずっと誰も私の話を聞こうとしませんでした。本当に悔しかったんです」。
Finding comfort 癒やしを見つける
しかしその診断を受けたにもかかわらず、治療法は容易には見つからなかった。O’Connor さんが53歳の時、神経外科医は脊髄に付着した異常な組織の帯を切断し脊髄の固定を解除した。その術中に脊髄が係留されていたことが確認された。この手術は若年期に実施すれば、膀胱障害や神経障害を予防できる。
この手術によって O’Connor さんの腰痛は緩和された。これは脊髄係留症のもう一つの症状であったが、彼女の失禁症状は顕著には改善しなかった。UW Health に所属する神経外科医 Bermans Iskandar(バーマンズ・イスカンダル)氏は通常は小児に対して手術をしているが、彼によればこの手術では既に生じている損傷を元に戻せないためだという。
「50年も待てば、長年障害されてきた膀胱を元に戻すことは絶対に不可能です」と Iskandar 氏は言う。「この手術の主な目的は、将来のさらなる問題を防ぐことにあります」。
McAchran 氏は Botox(ボトックス療法)に切り替えた。これは精製ボツリヌス毒素を O’Connor さんの尿道から膀胱に注入し、筋肉を弛緩させて収縮を抑えるものである。当初はこの治療で失禁は減少したが、O’Connor さんは排尿が困難になり、時々使い捨てのカテーテルの使用が必要になった。しかし2年以上にわたって9回行われた注射の効果は薄れていった。「膀胱の収縮は以前と同じくらい激しく戻ってきました」と O’Connor さんは言う。
最後の選択肢は膀胱のサイズを大きくする手術だった。この治療では生涯にわたり、トイレに行くたびに使い捨てのカテーテルを使用し、定期的に生理食塩水で尿道と膀胱を洗浄し、5~6時間おきに定期的に排尿することが求められる。年を重ねた時にこれらの処置をうまくこなせるだろうかと彼女は不安に思った。
しかし Mike さんとWisconsin 州版 Cape Cod(ケープコッド)である Door County(ドアカウンティ)(ミシガン湖にある)に旅行中、彼女はレストランで失禁をしてしまった。退職後の生活が近づくにつれ、膀胱の心配をあまりせずに旅行したいと彼女は考えた。
彼女はその手術を受けることに決めた。2018年10月、5時間に及ぶ手術では、McAchran 氏ともう一人の外科医は O’Connor さんの腸の一部を用いて膀胱のサイズを2倍以上に拡大し、尿を貯留する容積を3倍以上に増加させた。
それ以来、O’Connor さんは一度しか失禁を起こしていない。その一回は New Orleans(ニューオーリンズ)でパレードを観覧中に、予定していた排尿時間を過ぎてしまった時である。彼女は日課としてカテーテルを使用することに慣れた。「今ではそれは自然なことだし、普通のことになっています」と彼女は言う。
彼女は人生の大半において低い自尊心に苦しみ、自分の病気のために人から嘲笑されていると感じていた。「死を宣告された病気ではなかったけれど、確かに楽しいものではありませんでした」と彼女は言う。
Mike さんの業務マネージャーとしての仕事を9月に引退した今、彼女は重荷が軽くなった生活を楽しんでいる。彼女は2年前に Mike さんとヨーロッパへ旅行し、昨夏は息子と Nashville(ナッシュビル)へ出かけ、2歳になる孫娘とは定期的に遊んでいる。また Mike さんと California(カリフォルニア)へ飛んで、Route 66(ルート66)を車で戻る計画を立てている。
「Mike は昔からそれをやりたがっていたのよ。そんなことはこれまで一度も可能だと考えたことがありませんでした」と彼女は言う。
脊髄係留症候群については下記サイトを参照いただきたい。
通常脊髄下端は脊椎が成長するにつれ相対的に頭がわに移動する。
しかし何らかの原因で脊髄がつなぎとめられるために
脊髄が頭がわに移動できず牽引され、そのために症状が出現する病気を
tethered cord syndrome と呼んでいる。
脊髄が脊柱管の中で繋ぎ留められた状態のため日本語では
脊髄係留症候群と訳されている。
ちなみに tether(テザー、ロープ等でつなぐ)という動詞は
スマホなどのモバイル端末をインターネット共有するときに使う
“テザリング”という単語でご承知だろう。
脳から連続する脊髄は脊柱管の中に存在し、
成人では上位腰椎レベル(通常は第1腰椎)で終わり、
その先は細い終糸という組織(これは神経ではない)になって
仙骨まで存在する。
また、脊髄の下の方(脊髄円錐部という)から出る神経根は
馬尾神経と呼ばれる長い神経の枝として脊柱管内を走行する。
馬尾神経や終糸は腰を反らすとたわんで蛇行し、
前かがみになるとやや引き延ばされた走行になる。
しかし、もし脊髄の一部が脊柱管のどこかに固定されて、
終糸の伸縮性が失われ脊柱の動きに適応できない状態になると
脊髄の組織に虚血による代謝障害が生じて種々の機能障害を
来たすことになる。
脊髄係留の最も多い原因として、潜在性二分脊椎に伴う
脊髄脂肪腫が挙げられる。
脊髄脂肪腫では、脊髄下端部が脂肪腫に係留され、
脊髄が下位腰椎から仙骨のレベルまで存在する状態となっている。
あるいは脂肪腫摘出後の閉鎖部の再癒着が係留の原因となる
こともある。
その他、先天的な疾病が原因となる以外に、脊髄損傷や脊髄手術後に
脊髄が周辺組織と癒着して発症することもある。
症状は排尿障害が多いが、便秘、足の変形や筋萎縮、しびれの他、
腰痛が生じることもある。
幼少期から成長とともに進行することが知られており、
成人以後は運動などによる脊髄への繰り返す牽引などが
引き金となり症状が健在化する。
患者の中には成人になって初めて診断されることもある。
脊髄係留には効果的な保存的治療はないため、
脂肪腫の存在する脊髄下端部の係留を解除する外科的治療が行われる。
付着する脂肪腫と脊髄を周辺構造から切り離し硬膜欠損部を
修復する。
脊髄症状が出現している場合には早期に手術が行われる。
ただ無症状の症例に対しては、予防的に手術を行うか、
あるいは症状が出現した時点で行うかは、意見が一致していない。
症状を有するケースでは外科的治療により腰痛、
下肢痛、しびれなどの症状は改善することが多いが、
尿失禁や頑固な便秘などの膀胱直腸障害は
改善しにくいとされている。
潜在性二分脊椎では外見上腰部に異常がみられないことから
記事にある女性のように成人になるまで診断されていない
ケースも多々みられるようだ。
原因不明の尿失禁など膀胱機能障害を訴える患者では
本疾患の可能性を念頭に置いておく必要がありそうだ。

