小さい頃、ぼくは病弱でほっそりと痩せていた。
毎日テレビばかりを見ていたし、極力外に出たがらなかった。心配症な親も、別にそれを責めることはしなかった。
そんなぼくが欲しかったものといえば、セーラームーンの着せ替え人形である。
強くて、きらきらしてて、明るくて、かわいくて、自由で……。それは幼いぼくを惹きつけるのに十分だった。
ぼくはセーラームーンの商品コマーシャルが流れる度に「このきらきらしたものが欲しい」と強く願った。そして、画面の中で二次元のセーラームーンと会話する三次元の女児を恨めしくみていた。
対して弟はトーマスだったりトミカだったり、ウルトラマンに出てくる醜い敵のフィギュアを集めていたし、近所の男の子はゲームを買ってもらっていた。
近所の女の子はセーラームーンの人形と、リカちゃん人形を買ってもらっていた。
当時のぼくがクリスマスプレゼントにもらったものは「バスケットボールセット」である。男の子がセーラームーンのグッズが欲しいなんて言って、喜ぶ親なんてほとんどいない。体育会で育った父(当時は会社勤めでほとんど家にいなかった)なんか露骨に嫌な顔をしたし、普段は優しい母も、そのときだけは厳しかった。
あるとき「サンタさんに何が欲しいかお願いしなきゃね」と母親が言った。
小さなぼくは、「スラムダンクのやつが欲しい」と答えた。
母親は大喜びして、「早くサンタさんに言わなくちゃ」と電話をかけた。
思えばあのとき母親は父に電話していたのだ。今振り返るととてもロマンチックというか、トレンディな家庭だったように思う。
しかしサンタクロースの存在をガチで微塵も疑ってなかったぼくは、「ほんとは全然スラムダンクのやつなんか欲しくないばってん、パパとママば喜ばせたいけんそがん言うとよ。サンタさんは子どもが欲しいもんば知っとらすけん、絶対セーラームーンのやつばくれらすと思う」と本気で考えていた。……この時点で他人の顔色を伺い、自分の本心を明かさない子どもだったのかと思うと泣けてくる。
もちろんサンタクロースは「スラムダンクのやつ」をプレゼントしてくれた。
このときの悲しみは相当なもので「人生でもっともショックだった瞬間 5選」に入るほどだった。ようやく男らしい子どもになってくれる!と期待のまなざしで見つめていた親もおそらく困惑するほどの悲しみようだったと思う。
「サンタクロースなんかいないってテレビで言ってたし、アレまじ真実だと思うわ。サンタなんかおらんわ。もうあのビデオ(サンタのプレゼントっていうディズニー短編映画をこの瞬間までは擦り切れるくらいみてた)もみらんわ。あのオッサンの笑い声キモいし。マジ、なんなん。今度から美女と野獣とナウシカとせーラ―ムーンと101匹わんちゃんしかビデオ借りんし。ついでに絶対スラムダンクとかせんし(バスケという言葉を知らないのでスラムダンクというスポーツだと思っていた)、あいつら全然かわいくないし」と心に決めた。
でもその年からセーラームーンのビデオは借りさせてもらえなくなり、自分は自分で周りの目が気になって、ポケモンや64のゲームに没頭するようになった。
今でもセーラームーンに心ひかれ続けているのは、あのとき抑え込んだ気持ちのせいだと思う。人より強靭な肉体に成長したにも関わらず、本当の気持ちあの病弱で伏せがちだった頃のままなのだ。
300円のガチャガチャでとったコンパクトの中の鏡に映る自分が、ひどく歪んでみえる。
叫んでも祈っても変身することはない。女の子になれなくてもいいから、とりあえずちょっとだけでも痩せたい……。そして仕事やめてだらだらして過ごしたい。
でもその原色ピンクのコンパクトは決して願いを叶えてはくれない。
サンタも親も、願いを叶えてはくれなかった。
セーラームーンのグッズをぼくに買ってくれるのは、ぼく自身だけだった。
いやでいやで仕方ない仕事に毎日通い、お金をもらい、それでセーラームーンのグッズを買っているのだ。そう思うとちょっと泣ける。今、この瞬間も子どもの頃の願いを叶えてる途中なんだな。
コンパクトの安いプラスチックの輝きを手に持つ。
それはとても軽い。それなのにその重さは、自分の昔といまと、そして将来のことを考えさせるには十分だった。
そして、その暗くて重い現実がずっしりと夕方のぼくにのしかかった。
