母が雄一の話しをするのを初めて聞いた。7年間の親子の暮らしは短いものだっただろう。でも、その7年間には互いに思いやる気持ちが溢れていて、母は雄一の全てを忘れる事なく覚えていた。

「瞳に秘密の場所を教えてあげる」
母は私の手を取ると、神社の脇の細い道へと向っていった。何度も来ているこの場所に、こんな抜け道がある事を私は初めて気がついた。
母が連れて行ってくれたその場所は、海が一望できる崖の上だった。下を覗くと足がすくむほどの崖の上は、広い海が見渡せる眺めのいい場所だった。青く輝く海の色と、青く澄み切った空の色が目の前で1つに繋がりどこまでも広がって見えていた。

「ここはね、辰夫さんとの秘密の場所。ここに2人で来て海と空を眺めていたのよ。それにね、ここでプロポーズもしてもらったの」
父の話をする顔は、母の顔から1人の女の顔へと変わっていた。ru486 個人輸入 時間をかけて好きになり、信頼した想いは愛へと変わり永遠の絆となったのだろう。私は同じ女として母の愛し方が羨ましい。

「ねぇ、瞳。あなたは雄一と夢を叶えるためだけに結婚したの? 贅沢な暮らしをしたいだけで本当に雄一を選んだの?」
「えっ・・・それは・・・その想いは確かにあったよ。でも、自分でもわからないの」
「そう、でも本当に贅沢だけが望みなら雄一が消えても暮らしは変わらなかったわよね。むしろ余計にお金と贅沢にのめり込んでいたでしょう。それができなかった瞳は、雄一に恋をしていたのね。こんな出会いでなかったら、瞳は幸せになれたかもしれないわね。雄一も復讐の気持ちがなかったら、きっと瞳に心を開いていたでしょうね。ごめんね。お母さんがあなた達の幸せを歪んだものにしてしまった・・・」

私と雄一が違う形で出会っていたら、ちゃんと向き合う事ができただろうか? いや違う。この複雑な出会いであったから、弱さや辛さを感じる事ができたのだ。母の存在があったから、私達は心を見つめる事ができたのだ。そう、母がいてくれたから私達は出会う事ができたのだ。
「お母さんが雄一さんの母親で良かった。お母さんが私の母親で良かった」
私は母の手を握り、青い空間を見つめていた。
「瞳は立派に成長したね。あなたはもう大丈夫よね・・・」
母は私に微笑みかけ、私の手を強く握り返してくる。
「お父さんもお母さんに出会えて良かったよね・・・」
私は海の中に存在し、私の中に生きている父に言葉をかけていた。

「ほら、早くして」
キョンはその頃、会社関係の人に挨拶をし終えた雄一を車の中へと押し込むように入れていた。
「おい、僕はまだ喪服だ。着替えがしたい」
「大丈夫、着替えは持ってきたから車の中で着替えてよ。時間がもったいないよ。早く雄一と冴子さんを会わしたいんだ」
キョンは1分でも時間が惜しいように、すぐに車を発進させた。ハンドルを握る手に力を込め、雄一を送り届ける使命にアクセルを強く踏んでいく。
「キョンはどうしてそんなに必死になっているんだ? 威哥王 販売  自分の事でもないのに」
雄一は黒い上着を脱ぎながら、後部座席からキョンに言葉をかけていた。
「自分の事じゃないけど、自分の事以上に大切なんだ。ボクは大切な人のために手助けしたいんだ。雄一のため瞳ちゃんのため、ボクはできる事がしたいんだ。それに、冴子さんは理想のお母さんだから。親孝行ってものをボクにも経験させてよ」
バックミラーを覗くキョンの視線と雄一の視線は重なり合い、キョンは子供のような無邪気な笑顔で雄一を見つめていた。雄一はその視線を逸らしていき、顔を下に向けていた。下に向けた雄一の口元は、優しい微笑みを浮かべていた。


「笑わせるんじゃないわよ!!」

右フックが健二の左頬に炸裂した。
パンチに重みこそ無いが、スピードのある強烈なパンチであることは確かだった。
歪んだ健二の顔に、一瞬のうちに恐怖の表情が浮かんだ。

しかし、それを合図に幸子の殴打が連発した為、健二は言葉を発することができなかった。
やがて「伊達にボクシングダイエットしているんじゃないわっ」
という言葉を吐くと、幸子は息を整えた。

「も、もう気が済んだでしょ? 気が済んだら止めてっ。ね? お願いだから」
怯えた目で、そう訴える健二の鼻から、ツツーッと鼻血が垂れた。
「冗談じゃないわよ! これからが本番よ!!」
「ヒーーーッ。ゆ、許して!! 何でもしますから!!」
「何でも?」

尻餅をついた健二は後退りしながら、無言のまま素早く首を、縦に2回振った。
だが健二の目には、恐怖の他に、ナニカ得体の知れないモノが潜んでいるようにも見えた。

「フフフッ」
満月を背にした幸子の目に、怪しい光が煌いた。
まるで、サド侯爵の恍惚とした光にも似て……

やはり、満月の光が人を狂わすという、ヨーロッパの迷信は、本当のことだったのかも知れません。
私は、史跡を散策するのが趣味で、 美人豹 休日は色々な町や村を訪ねては、遠い昔に思いを馳せていた。

その塚の入口に小さな立て看板があり、この塚の由来などが書かれている。

  『そのむかし、この村周辺で大規模な飢饉が起き、多くの村人が亡くなった。
  遺体の全てはここに集められ、火葬されること無く土を被せられました。
  そして、あまりにも多くの村人が亡くなったので、塚になったと伝えられています』

周りを田んぼに囲まれた、小高い塚の天辺に登り。
眼下を見渡すと、黄金色に色づき頭(こうべ)を垂れた、稲穂が秋風に揺らいでいる。
そんな、のどかな昼下がりだった。
「むかし、大飢饉が有ったなんて信じられないわ」
思わずそう呟くと、私は両手を広げ大きく伸びをした。

ふと気が付くと、腰掛にちょうど良い岩の上に、老夫婦とお孫さんだろうか、3歳位の男の子が座っていた。
大飢饉のときの、犠牲者鎮魂の石碑のちょうど前だった。

「さぁ、さ。じいじのお膝においで」
お爺さんはそう言いながら、両手で男の子を抱えると、膝の上にちょこんと乗せた。
「ほんに、この子はじいじのお膝が好きだこと」
見守る老婆から笑顔が零れる。

そんな微笑ましい光景を目にし、
「きっと、パパとママは今頃、久しぶりに羽を伸ばしているんだろうなぁ」
私は、自分の子供たちがまだ小さかった頃、同じように両親に子供を預け、時々羽を伸ばしていたのを思い出していました。

「そろそろ、お昼にしようかねぇ」
「うん。ボク、お腹がすいた」

孫の答えを待たずに、老婆は風呂敷包みを広げ、経木に包まれたおにぎりを取り出した。

「へぇ、キョウギって、まだあるんだぁ」

男の子はじいじの膝の上で、足をぶらんぶらんさせらがら、おにぎりを頬張っている。
「あらあら、こんなにご飯を溢しちゃ、もったいないよぅ」
老婆はそう言いながら、服に付いたご飯粒を、いとおしそうに口へと運ぶ。

「でも何か変だわ、あのご飯粒」
私の心の中の、何処かで何かがザワついていた。


男の子の口元に付いたご飯粒を、老婆が一生懸命に取ってあげているのに蟻王 男の子は口を開けたまま、ピクリとも動かない。
口からは、ポロポロとご飯粒が零れ出す。
やがて、ご飯粒たちが、湧き出すように男の子の口から流れ出る。
男の子の手から、おにぎりが転がった。
「あっ!」

私の足元に転がってきたおにぎりを見て、私は思わず叫んだ。
それはおにぎりでは無く、蠢くウジ虫の塊だったのだ。
「ぎゃ~ぁぁぁぁ!!」

「誰じゃーっ」
野太い声でギョロリと睨む老婆の目からも、ウジ虫がしたたり落ちた。
そして石碑の前で、三人の目がキッと私を睨んでいる。

私は一目散に逃げた。
むかし、大飢饉が起こった時の墓だといわれる、塚から……