「はぁっ……はぁっ……」

髪の乱れも気にせず、神楽坂を急いで登る。

まずい。大変だ。やばい。どうしよう。

目に映る景色が形を変えてから、半年以上が過ぎた。
仮面を被った侵略者達に埋め尽くされたこの世界に危機が近づいていることを、わたしは直感的に理解していた。

でも、そんなことは、考えたって仕方がない。
きっと他の誰かが、わたしの代わりに心配してくれる。わたしは正義のヒーローでもなければ、悲劇のヒロインでもない。

至って普通の女子高生。
どうしようもなく平均的で凡庸で、つまらない少女。

わたしは、ただの、桜野七香でしかないんだから。

「はぁっ……よかった、間に合った……!」

三味線教室の前に着き腕時計を確認する。
なんとか、遅刻は免れたようだ。

遅れてしまえば先生にも怒られるし、他の生徒にも迷惑がかかってしまう。そうならずに済んで、本当によかった。

わたしにとっては、それが全て。
世界の存亡とか宇宙の戦争なんて、知らないところで勝手にやってくれればいい。

……だけど、もう一つだけ、頭から離れないものがある。

それは、グラウンドの木陰で本を読んでいた、あの少年の顔。
たった一人で、仮面も着けずに佇んでいた、わたしとは全く違う人。

ぼんやりとそんなことを考えながら、三味線教室の扉を開ける。

わたしは、仮面を被ったまま。