雪雪雪雪雪
寒いっす!

本日、立冬。
立冬と言えば、
リットーミュージック。

昔~昔、
リットーミュージックに
伺った時に、
お土産として、
ピンククラウドの、
BOX入り楽譜をいただいた。

今となっては、
何のために伺い、
何故、そんな
高級楽譜を
頂戴したのか、
すっかり忘れてしまった。

しかし、
毎年毎年、
立冬が来ると、
リットーミュージックと、
ピンククラウドの、
楽譜を思い出すのである。

ドクロドクロドクロ叫び
ショックなことが、
発覚してしまった。

俺はこの数ヶ月間、
東京の豆腐を諦め、
沖縄の島豆腐ばかり、
食ってきた。
それも、
以前より、
はるかに、
豆腐の摂取量を多めに、だ。
かなり積極的に。


ところが、
なんたることか!
その島豆腐メーカーの
工場が関東にあることを
本日、ネットの極秘情報で、
知ってしまったのだ。

ああ、
取り返しのつかないことに
なってしまった。

だって、
「製造者」には、
きちんと那覇の豆腐屋の
名前と住所が刻んであんだぜ!

ふざけんなー!

豆腐は水が命だと、
海原雄山も山岡史郎も言っていた。

ということは、
俺は、
汚染水で作った島豆腐を
数ヶ月に渡り食っていたのか?
かなり積極的に。

ちくしょうめ!

俺は沖縄の人は、
いい人ばかりだと、
思ってたぜ。
悪いヤツもいるんだな。
呆れたもんだ。

製造者は那覇の豆腐屋だが、
その工場まで、
記載する必要がねーんだな、
現行法じゃよー。

でも、他の食品なんかは、
アルファベットの符牒で、
分かるらしいじゃねーか。
豆腐のくせに、
それが何故できん?
ここがテキトーだと、
マジで民族絶滅するぜ。

ああ、
俺のボディは、
セシウムまみれ。
アイム ソーリー ママ!

もう一歩踏み込んで
調査すべきだった。
己の不明を悔やんでも、
もはや遅し。

死んでいくんだな、俺。

本当は、
本日、
「読解力UP!
ゴトーちゃん的文章講座」
を、書こうと思っていたのだが、
ショック過ぎて、
それどころでは、
なくなってしまった。

具合が悪くなり、
吐きそーだ。
毒盛られたことに、
気付いた時って、
こんな気分になるんだな。

本日、
11月8日、
「いいや!の日」。
全然よくねー!

というわけで、
さようならパー

iPhoneからの投稿

馬馬クマ

先ほど、

自由報道協会主催の

ダライ・ラマの会見の終盤だけを観た。


最後の最後に上杉隆氏が、

「ゲイカ(←変換できず)の

ツイッターのフォロワーが

300万人。

比してゲイカのフォローはゼロ。

これいかに?」

という質問をしたが、

ダライ・ラマの回答はなかった。



なんだろ?とおもった。


すなわち、

「己のコメントを発表するのは結構な話だが、

300万人の人間の声を聞くことのほうが、

大切なのではないか?」

と、いうことだ。


坊主たるもの、

民衆の話に耳を傾けてナンボじゃねーのか?

まあ、ラマ師には、

いろいろ俺なりの疑問が多々あり

お伺いしたいことが山ほどあるが、

とりあえず、

コミニュケーションの問題として、

考えさせられた。


と、申しますのも、

昨日あたりから、

「人心」ということについて、

ちょびっとだけ考えているからだ。

全面的には考えていないけど。


ラマ師は

「ネットコミニュケーションは、

とてもいいことだ」

と言っていた。


基本的には俺もそうおもう。


しかし、

「人心」というものは、

なかなかに面倒くせーものだ。


140字でコミュニケートし、

すごく仲良しになることだって出来る。

実際、俺も大好きなお友達が、

たくさん出来た。

そんでリア友になった。

素晴らしいことだ。

ありがたいことだ。

大好きだ、マイフレンズ。


しかし、

一方で、

原稿用紙、

1000枚分のやり取りをしても、

たったワンフレーズで、

やんなっちゃうこともありうるという

儚さも同時にある。


要するに、

肉声、肉顔、

身振り手振りといった、

「行間」というものが、

存在しないメディアでは、

無差別的対象に向けて、

「斟酌」というメンタリティを

強要される。


「斟酌」のターゲットは、

無差別の「自意識」だ。


「無差別の自意識」を斟酌するというのは、

どんなに立派な人間でも不可能であり、

それは、「言葉を何も発しない」

ということと同義である。

そして、「斟酌」は、

「自主規制」のマインドを喚起し、

何より大切な、

「自由」を奪う。


無口になり、

何にもアクセスしないという方法が、

「自由」を護る最善の手段になってしまうのなら、

本末転倒も甚だしい。


インターネットメディアは、

過剰な自意識の発露に成り下がっている。

そんなものを「斟酌」しているヒマはない。


だとすれば、

俺は「最小公約数」にのみ、

同意する。

要点は1点でよい。


そして、俺の「自意識」など、

はっきり言ってどーでもいい。

同様に、

大儀の「最小公約数」のためなら、

マイフレンズ以外の

他人様の「自意識」すら、

どーでもいい。


肉声、肉顔、

身振り手振りが伴わない、

「自意識」など、

麻薬中毒患者の、

センチメンタリズムや

人殺しのノスタルジーと

なんら変わりない。


そもそも、

己に「自意識」なんてあると

おもわないほうが、

世の中のためだ。

「己で意識されうる自分」など、

はっきり申して、

どこにも存在しない。

もし、そんな風に感じる

「自分」があるのなら、

トラッシュボックスへどーぞ。


平和を我らに!


P.S.

友人たちへ。


友達でいてくれて

ありがとう。

心からそう思います。

ずっとずっと仲良くしてね。


サンキュー!


また明日逢おう!



ダウンダウンダウン
本日は、
心身の身のほうが、
どちらかというと、
調子が悪い。

昨日は、
心がしんどかったので、
薬をちょっくら多めに飲んだら、
今日は、身が弛緩して、
なかなかままならない。


心身ともに絶好調なんて、
贅沢は望めんから、
まあ、せめて、
どちらかが、
具合よければ、
御の字だな。


そーいや、
若い時分、
取材先の
田舎のオバハンに、
「身体に心がちゃんと
収まっていない」
と、突然言われたことを
突然思い出した。

なんだ!
失敬なババアだな!
と、話をよくよく聞いたら、
オバハンは、
怪しい宗教に、
かぶれておった。
オバハン、
俺のことより、
自分のことを、
心配したほうが、
いいんじゃねーの?
と、腹の中で思ったよ。

第一、
俺というゴトーちゃんは、
常に心身バラバラで、
どちらが、
先走るタイプだ。

あ、ちょっと、
また、手が震えるので、
失礼しちゃうよ。
ゴメンなさいよぐぅぐぅ汗あせる




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