http://ameblo.jp/turtlehaze/entry-10480690098.html の続き
要するに、日本の背広のズボン丈は「畳専用丈」なのである。
そして、それが、今なお連綿と様式のみ引き継がれている。
しかし、今日び、畳の席は高額で、そこに呼ばれる人間は限られている。一般のオヤジが畳にあがるのは、別にけっつまずいて、ひっくりがえっても平気な焼き鳥屋ぐらいだ。もちろん笑われこそすれ、相手に失礼になるようなことなどありはしない。
それでもオヤジはズボンの丈を短くする。電車のつり革につかまって、引っ張られ、下からラクダの股引がはみ出ても、ズボンの丈だけは長くしたくない。
「いつの日か自分も天下に名だたる料亭に御呼ばれいただき、一世一代の仕事を任される日が来るかもしれない。その時、ズボンの裾を踏んづけて、すっころばないよう、いつでも丈は短くしておくのだ」
もし、そんな野心があったら、下からラクダの股引がはみ出さないよう、自分の身なりには細心の注意を払うであろう。
けれども、オヤジの丈は「ただ」短い。
そんなオヤジは「心の丈」も短いまま、ほったらかしにしているのである。