『源氏物語』のあらすじを一般の人に説明していると、自分の感覚がおかしくなっていることに気づかされることがままある。叔父と姪がくっついたり(光源氏と女三宮)、叔母と甥が恋人になったり(朧月夜と朱雀院)なんてことを説明すると、『源氏』を知らない人は、「なんだ、そりゃ、気持ち悪い。」などと叫ぶ。冷静に考えてみれば、まさにその通りなのだが、『源氏』を読みなれていると、それが奇異に感じられなくなってくる。
さて、そのような、冷静に考えてみればおかしいことなのに、『源氏』を読み込んでいる人ほど気にしなくなっていることの一つに、主人公である光源氏の両親の名前がある。
『源氏物語』は、光源氏の両親のことから語り起こされる。父・桐壷帝と母・桐壷更衣との間に光源氏は生まれた。だが、なぜ両親ともに「桐壷」なのか。『源氏』に馴染んでいる人は、そういうものだと思ってしまうが、冷静に考えれば変ではないだろうか。
「桐壷」というのは、宮中にいくつかある御殿の一つ、淑景舎の別名である。光源氏の母・桐壷更衣の「桐壷」は、彼女が入内した時、桐壷に部屋を賜った。更衣というのは、帝の妃の地位の一つであるから、桐壷更衣というのは、「桐壷に部屋を賜っている更衣様」という意味だとすぐに分かる。
では、光源氏の父はなぜ桐壷帝という名前なのか。天皇が日常生活を送るのは清涼殿であるから、桐壷に住んでいたからとは考えられない。
実は、意外に知られていないことなのだが、『源氏物語』の原文中に「桐壷帝」という名前は一切出てこない。『源氏物語評釈』は『源氏物語』の研究をする人にとっては必携の本だが、この本の別巻二に「源氏物語作中人物総覧」というページがあり、誰が、どの巻に出ていて、どのような呼称が使われているかが載っている。これを見ると、桐壷帝は『源氏物語』の原文では、「上」「内」「帝」、退位してからは「院」、亡くなってからは「故院」などという普通名詞でしか呼ばれていない。
では、桐壷更衣はどうかというと、「桐壷更衣」と書かれるケースはあるものの、「御息所」という普通名詞で呼ばれることの方が圧倒的に多い。
このように、われわれが『源氏物語』の登場人物の名前として親しんでいる呼称の中には、原文には一度も出てこないものがいくつもある。光源氏の最初の妻「葵上」や、彼女と光源氏の間に生まれた「夕霧」など、原文でその名前で呼ばれることは一度もない。
では、桐壷帝や葵上といった名前は誰がつけたのか、結論を言ってしまえば、はっきりしたことは分からない。『源氏物語』は書かれてからしばらくすると、原文ですらすら読めるようなものではなくなり、注釈書が出回るようになるが、このような注釈書で、桐壷帝、葵上といった呼び名が使われるようになる。桐壷帝という名前は、おそらく『源氏物語』第一帖「桐壷」の巻で活躍する帝ということからつけられたものと思われる。葵上も同様である。
このような名前は注釈書の著者が考え出したものなのか、それとも、当時の読者が名前がないと不便だと考えて便宜的につけていた名前を注釈書の著者が採用したものなのか、今となっては確かめようがない。