CHOA‘S STYLE

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どうも

CHOAです

 

 

私は小さいときから喘息もちで

幼少期は病院にいたことがほとんどでした

 

 

手先の器用な祖母がお見舞いに来てくれたときは

折り紙白い画用紙を使ってケーキを作ったり

絵を描いたり

 

いろいろ伝授してくれたのがきっかけで

「美術」「図工」が大好きになりました

 

 

皆さんは小学生のころ何になりたかったですか?

 

私はそのころの将来の夢を覚えてなく、、

(たぶん明確にこれになりたい!ってものが無かったんだとおもいます)

 

 

なりたい!というよりかは

これやりたい!が多かったです。

 

 

おじいちゃんの工具を倉庫から引っ張り出してきては

石やら木やらかんかんやってて

親に「うるさい」と怒られた記憶があります。

 

「将来は大工さんになるのかね」と

おばあちゃんにいわれたこともあります

 

 

もちろん木とかそういうものだけではなく

花を摘んで色水を作ったり

それこそ絵の具やら色鉛筆やら

 

一番印象深かったのは

夏休みの工作で紙粘土を使って

母の顔の像を父と二人で作ったことですね

 

仕事から帰ってきた母にそれを見せたら

すごく怒られました(笑)

 

ものづくりは何でも好きだったと思います

中学に入ると技術という授業で電気モーターカーを作ったり

手動発電ラジオを作ったり、、ときめきました。

 

少し話が脱線したので元に戻します。

 

 

明確に将来の夢が定まったのが中学2年生でした

 

きっかけはまったく覚えてませんが


 



 

になりたかったのです。

 

高校も農業系へ進もうと思って

体験入学も行きました。

 

でも農業系といっても草花を育てたいわけじゃなかったので

とりあえず進学校へ行こうと普通高校へ入学しました。

 

目指すはフラワーデザイナーの専門学校!

 

 

だったのですが

高校に入り服飾関係の仕事にあこがれるようになり

 

ここで


 



 

を目指します。

 

高校1年生のときの学校説明会は服飾関係の専門をたくさん調べました

 

 

しかし

母の転職をきっかけに私の夢はガラッと変わるのです。

 

 

母は普通にスーパーのパートをしてましたが

あることをきっかけにやめ、美容系へ進みます

 

そのタイミングと大好きな雑誌のヘアメイクアップアーティストにあこがれて


 



 

を目指します

 

ここが最終ですね、

 

自分の心境の変化に追いつくのも大変で

たぶん「あれもこれもやりたい!」と

いき付いた先がメイク関係だったのです。

 

 

将来の夢の話なんて夢に過ぎないと

心のどこかで思ってました

 

でも、言葉や文字にすることによってそれが決意や目標になって

近づくことは出来ると私は思います。

 

 

美容師免許を取った後、ヘアメイクアップアーティストになりたいという欲が無くなり

まつげエクステをはじめましたが

 

メイクのことも学ばせてもらいましたし

モデルさんのエクステをつけて

撮影にも参加させていただき、自分のあこがれてた世界を見ることができ

 

結果、またメイクの仕事、サロンを経営したいと思えたので

いろいろ無駄じゃなかったなと実感しています

 

 

ちなみに、今の夢はフォトスタジオとトータルビューティーサロンです

 

次のブログで夢を語らせてください(笑)

 

 

image

 

これは余談ですが

 

妹に

「私が家に帰ってきたら○○(私の名前)が

白い紙を切ったり、おったり、貼ったりして

町?家?を作っていたのをみてびっくりした」

といわれたことがあります(笑)

 

風邪をひいて家にいた日のことだと思うので

私はあまり記憶にありませんが

妹にとっては衝撃だったようで今でもこの話をされます