令和7年7月7日奇しくも7が三並びとなりましたが、今日は七夕祭りの日です。
そして令和元年七夕の日に天国へ旅立った義母の七回忌です。
昨日、日曜日にお坊さんをお招きして法要を行いました。
読経が終わり、ご住職様から「命は生きとおしである事」をコスモスの花に例えてお話がありました。
花は枯れてもまた次の年には花を咲かせる様に、人の命もこの世から去って肉体としては存在しないけれど、魂は永遠に生き続ける事を語って下さいました。
義母との思い出は数々ありますが、私が事業を起こして生活に苦しい時に食事代を賄うのが精いっぱいで、家の電気代が負担しきれない為に子供は残してあなただけ出て行ってくれということになって日中の生活を面倒見ながら夜は会社の事務所に泊まる生活を一か月くらい続けました。
私は妻が早世したのでまだ小学生だった末の娘の事が心配で、とある方の紹介で霊媒師さんのところに行き、亡くなった妻の霊を招いてもらい、妻の思いを知るきっかけを得ました。
霊媒師さんを通して語られた妻の言葉は末娘がとても寂しい思いをしているから大事に寄り添ってあげて欲しいというメッセージでした。
私はその妻の言葉を受け、妻が無くなってから初めて娘の手を取って南阿蘇村にある湧水トンネルに遊びに行きました。
その水が湧き出るトンネルの中はいたるところに七夕飾りが飾ってありました。
会社に寝泊まりする日々はそれでも続いておりましたが、周りを緑で囲まれた会社の敷地内で寝付けずに星がきれいな夜空を見上げていたら、どこからともなく一匹のホタルが現れました。会社の周りには川などはありませんが珍しく思い、そっと手のひらを差し出すとその蛍が舞い降りて手に留まってくれました。
私は夢か現かわからない感情でその蛍の光を見つめていました。そして確信しました。妻がホタルとなって私を励ますためにやってきてくれたのだと…。
そして義母に何と言われようが娘を守る為には家に帰る必要があると心に決めてまた舞い戻りました。それから10年後くらいに熊本地震があり自宅は全壊しましたが、新たに再建し、避難所生活から舞い戻って同居を始めた一年後に義母は他界しました。
最後は有り難う、有り難うの言葉を残して旅立ちました。
義母が亡くなって七年の月日が過ぎましたが、末娘との同居の日々です。
私の切なる願いは娘が幸せな人生をおくれる様に人生の伴侶を見出し、ともに支えあって生きて行ってもらいたいと思います。
その為にも今の事業を盤石のものにし、有為な人材を確保して安心してバトンタッチできる様にしなければならないと七夕の日に新たに決意をする次第です!

