お店の名前は「カマ・ク・ラ」に決まり、1月からは日・水曜夜にヨガ教室も始まり、オープンにいたりました。


昼間は看板を作ったり、まだ作業の途中だ。少しずつモノも売れてきている。最近、私の布ナプキンも売れるようになって来た。

大変嬉しいことです。


だんなちゃんが昨日夜遅くまでかけて「カマ・ク・ラ」のちらしを作ってくれて、それがとてもいい出来で惚れ直してしまいました。

あっという間にデザインしてしまうその腕に、改めて、すごい人と結婚したんだと。。。


1月26日から28日まではじゅんちゃんが3日間だけ貸切の洋服屋さんをオープンさせる。その時に一番人に来てもらえることになるだろう。この様に「カマ・ク・ラ」を使ってもらえてありがたいごとです。


無事にオープン出来てよかった。。。うまく育てて行けますように。もっと頑張ろう。

準備不足で明日はオープン出来ません。 アイデアの練り直しで今あるだけの商品ではお店としては成り立たないだろうから、もっと品数増やしたら?と旦那さんの助言。 山根麻以さんのCD、ホクレア号のTシャツ、ポストカード、布ナプキン。それだけじゃ少ないよな。 でも、私は来てくれるまだ見ぬお客さんと話をするのが楽しみなんだけどな。 おーしっ、こうなったら売りたいものがある人を探そう、友人に声をかけまくろう。 私は自分が先頭に立ってお店をするなんてしたことはなかったので暗中模索状態です。難しいなぁ。

今日はハイミカフェと言う私の大好きなカフェのおばちゃんにお別れを言いに行った。

とても個性的なおばちゃんでたくさんのことを教えてもらった。月桃の化粧水の作り方や染物のやり方など、まだまだ習いたいことがたくさんあったのに別れのときが来てしまった。これからは遠く離れても色々と情報交換してもらいたいなぁ。


お別れの日だったけど、カフェの庭に咲くレモンバームやローズマリー、アレカヤシ、ガジュマル、レモングラスなどたくさんの植物を株分けしてもらった。枯らさず自分達のお店に根付かせたい。。。

第5回目くらいの作戦会議。台風13号の影響で、島は停電などして大変なことになっている。

しかし、台風は浄化。樹や枝が、見事に倒されたりして、自然がお掃除してくれてます。

先週、お店のシロアリ対策が済み、今日は、今後の予定などを確認したり、お店の名前の話がでるなど、具体的に動き出しております。なにはともあれ、きもちのよい、素敵な空間ができるといいな。 

昨日は雨がよく降った。その雨の中、ビーチクリーンナップでごみ拾いに参加したユミちゃんは体調を崩し、私たちのお店周りの草刈は中止。


最近、スコールの様にたくさん雨が降る。その後にむわっと暑くなる。台風が近づいているせいだろうか。。。

幸せの星と言う意味の双胴の帆つきカヌー「ホクレア号」がハワイから海図、GPSなど文明の機器を用いず、風と波と星の動きを読んでハワイから日本へやって来るのです。ハワイの人たちが5700キロを船で海を越えて日本に来るんです。すげぇ。すげぇ。えらいこっちゃです。


興奮しているので文脈がおかしくなってすみません。。。 でも、続けますね。。。

今の時代を生きていることがこんなに嬉しいものだとわ。リアルタイムで経験出来ると思うだけでこんなに熱くなってしまいます。嬉しいなぁ。幸運だなぁ。


人類は拡散し地球上に人類は至るところにいますが、ハワイ、ポリネシア、ニュージーランドは海の真ん中でなぜそこに人類がいるかと言えば、昔、ポリネシア人は遠洋航海技術を持っていて、カヌーで自由に島と島を行き来出来たからです。しかし、文明が発達して移動手段が飛行機なども登場し、GPSの技術が発達した今、その遠洋を風、波、星の動きを読んで航海する技術は失われつつありました。


ハワイはアメリカの支配によって、一時期はフラダンスやハワイ語を話すことも禁止され、ハワイ人のアイデンティティーが失われ、ハワイ人は病んでしまったそうです。それをナイノアを始めとした人たちが時にはアラスカのクリンギット族からもらった木で当時のままカヌーを作り、当時のままの航海技術で、それが実現可能であることを証明したのです。その活動を通して、ポリネシア文化に対する誇りと、祖先を敬う心を取り戻し、ハワイ人がハワイ人であることに目覚めていく大きな波となっていったのです。


それが30年前の1976年の話で、ホクレア号は30周年を迎えた記念航海に選んだ土地が日本。2007年1月にハワイを出発して途中ミクロネシアに寄り、4月と5月には日本各地を周るらしい。 ナイノアが少年だったころに海のことを教えた人がカワノ・ヨシオさんという日系人の方でその人の祖先がいる土地だから日本なのかもしれないし、日本にメッセージがあるんだろうな。


(以下、ハワイ観光局のナイノアのインタビューから抜粋) そのヨシさんの家はけっして広くなく、経済的にも厳しい環境を強いられていましたが、日本式の家具を使い、日本的な生活を続けていたファミリーの姿は、故国への誇りにあふれていました。彼らの生き方に触れることで、私は、自分の民族に誇りを持ちながら、他の文化を共有し、自然に感謝する心を教わったのです。感謝の言葉を告げたい方が世界中にいる。 ホクレア号の活動を支えるTシャツを5枚買うぜ。 http://www.gohawaii.jp/hokulea2007/index.html


地球=自然というひとつの永遠の命の中で生きる大地、海、川、山、岩、細胞、昆虫、動物、植物、人間。。。その人間の一人だけど受け継いだ命は素晴らしいことをすることに使いたい。


いつかホクレア号が日本に来ると思ってたけど、こんなに早く実現するとはびっくりだ。

売店の休憩の間、4時間で新しく始めるお店の掃除をした。


白アリ駆除の薬とまくので置いてあるものは全部隣の部屋にえっちら、おっちらと出す。

ふぅっ~暑い。しかし、全開の窓から優しい風と光が入って、ますますお店のことを好きになり、イメージが湧くのであります。


置いてあるもの全部を出した後は床を掃いて雑巾がけ、うん、きれいになった。


来週は夕方5時から草刈だ!


お店をオープンさせるにあたり、やらなくちゃいけないこと、かわなくちゃいけないものリストを作った。

うーん、頑張るど!



のんびり空間を作るのに強力な助っ人となってくれる、愛しの旦那ちゃんの誕生日を鈴木祭りと名付けて祝ってみました。


当日、旦那ちゃんに内緒でこっそり用意して驚かせるつもりだったのに、休みだったのねん。

二人でランチを食べに行き、その後、旦那ちゃんは仕事場に寄り、私は私で友達とお喋りしていた。

すぐに家に帰れると思っていたのに時間がかかり、鈴木祭りの準備が間に合わない!

結局、旦那ちゃんも庭にブルーシートを敷いて重たいテーブルを外に出したり、

ちらし寿司の寿司飯を作ったり、鈴木祭りを手伝うことに。。。家の片付けまで。。。。


西表に来て旦那ちゃんが最初にお世話になった親方が最初に来て、親子3人で来てくれた友人、

西表をもうすぐ出てしまうカップル、軽トラックの荷台の上にDJブースを作ってくれた友人、総勢15人、

鈴木祭りに来てくださいました。食べきれない程のごちそうの数々、みんな、みんな、ありがとう。

私達は皆に支えられて今日まで過ごして来ました。これからもよろしくお願いします。

助けが必要なときは言ってね。暇人、善子がかけつけるよ。