早く今に追いつきたいので笑、ヤル気のあるうちに
どんどん振り返っていきます。

悪阻ですが、どんな悪阻でも軽くても重くても
本当にしんどいですよね、、
1人目娘の時は吐き悪阻で7キロ痩せて本当に地獄でした😭生きてるのが辛かった、、
2人目息子の時も吐き悪阻でしたが、娘に比べたらまだ軽く4キロ痩せたくらいでした。それでも人生の中で本当に辛い日々だった…

3人目はもしかしたら悪阻ないかも?!と淡い期待を抱いていましたが、上2人同様に6週から17週頃まではバッチリ悪阻がありました。
悪阻については、また別でゆっくり書こうと思います。
私も毎日「悪阻辛い」で検査しまくり、経験者の方に励まされていたので😭

そんなこんなで悪阻が始まり、、
3回目という事もあり、妊娠発覚後からすぐに
ネットスーパーや冷食をストックしていたので最初は上手くやり過ごしていました!
しかし、1、2週間で終わるものでもなく…
長期間の無気力、子供たちへの罪悪感、主人への罪悪感で
どんどん自信をなくしていきました。
そんな頃、園から連絡があり娘が発熱したので迎えにきて受診してほしいと。まさかまさかのコロナ陽性でした。
悪阻で身体がボロボロの中、保健所や自宅療養チームとの毎日のやりとり、、しばらくして私も39度超えの発熱。
ばっちり陽性。妊娠中という事もあり、毎日看護師さんが電話をくれるのですが…その電話に出るのも辛くイライラ…。毎朝決まった時間に娘と2人分の体温やら連絡、、
朝9時までなので何度か寝過ごし謝る、、、
主人と息子に移さないよう部屋にこもりきり。

悪阻で辛いのか、コロナで辛いのかもう分からなかった。
家の近くに公園があって夕方頃には楽しそうな笑い声。
いつもなら微笑ましく感じる日常も、なぜかその時の私には遠い眩しい世界に感じ、自分でもよく分からないが涙止まらず、自分だけどこか遠いところにいるような感覚に襲われる。悪阻もあってか、子供の看病も思い切りしてやれない。何やってんだ、、
もし妊娠してなかったら、悪阻じゃなかったら
自宅待機が終わったら、子供たちをどこかに連れて行ってやりたかった。会社もコロナでテレワークだったので、上の方にだけ悪阻を伝えピークの期間は休ませてもらった。

なんだかもう周りに迷惑ばかりかけているようで
廃人のような生活で、コロナ陽性になったあたりから
3人も育てられるのか不安になり、夜になると不安で誰もいない風呂で泣いてみたり、自分で自分がよく分からなくなっていった😭
実母からは「悪阻だから仕方ない」「悪阻が終わればまた気持ちも明るくなるから大丈夫!」と励まされ、
あと数週間したらまた幸せな妊婦さんに戻れる、
今だけ今だけ、、と自分に言い聞かせていました。