学校教育だけでは成立しない。
学校教育は、軍隊式に知識理解力を育てる、もしくは訓練する機関である。人間教育、人格形成、社会人を育てることを任され、期待されても、荷が重すぎる。学習塾進学塾の機能で十分である。学校が、進学先で良い悪いと評価されている実態を見れば一目瞭然である。
家庭、社会で人は育つ。公民館、マスコミ、物金、自然、施設等環境で人は育つ。宗教は凄惨な争いの原因となっていることは間違いない。それでも救いを求める。そもそも、社会は不条理、誤解、嘘、狡猾、騙し、間違い等を土台前提の上に存在している。
そんな事を表現したが、誰もみてくれなかった。
こんなことを想い、意識している自分を認識できる今を、喜び感謝している。言葉文字を意識し所有していることに感謝し、表現する意欲が、湧き上がる今、やることは、FBに描くことかなと、僅かな残生を見つめ、表出の快感に浸り己を慰めている。

十日町段十郎
中央公民館でもある。社会教育のコントラルトセンターの役割を担っている。社会教育は人育ての根幹である。こんなに立派な施設に見合った運営により、どんな影響力教育力を発揮するか注目している。
十日町の小中学校公民館の統廃合が検討されている。
十日町市自体、限界自治体といわれている。確実に滅びに向かっている。
火焔型土器を創出した豊かな文化地域、一万年続いたといわれている。その子孫である我が瞬く間の命、間もなく消滅しようとしてある。
令和元年
東京オリンピックまで生きられるか?
二層の大動脈がぐちゃぐちゃに剥がれ、残り一枚の膜が大動脈瘤と闘っている。心臓入口が細く、股関節部分が狭まり、血流が逆流し、血行が悪い。検査結果を説明される度に、よく生きているなと思う。膵臓の大きな腫瘍もはっきり見える。ステント処置もバイパス手術も無理。手の施しようがなさそうだ。体調はよくない。発作が起き破裂したら、即死だそうだ。
束の間の緩解時、観ておきたい所、会いたい人に会いに行ってきた。
地球は宙に浮いている。燃えたぎる灼熱のマグマのほんの表面に人は漂っている。人類が発生し何万年経つのだろう。その一瞬に、生きていると意識し、長い継続という奇跡的存在の我を認識できていたのだ。
