前回から約一か月半ぶりの日記になります。

相変わらず周期は乱れることなく、先月も落ち込みました。

今月はどうだろうか…と、

ものすご~く淡い期待とともに日々過ごしています。



そんな中、

先日、思いもよらぬところから、友人夫婦の二人目妊娠を聞きました。

まぁ、なんとなくそんな予感はあったのだけれど、

いざ聞くと、「…はぁ。」と出る溜息。

時期的に、もしかしたら私も同じ頃に母親になれていたかもという週数。

ふと気づいてしまったら、その夜は久しぶりに涙が止まらなくなりました。



「あきらめたころに妊娠できる」

「素直に他の人を祝福できるようになれたら妊娠できる」

とか、ついやってしまうネットサーフィンで良く読みますが、

そう思いたくても、難しい現状。



どうしても取り去れない、

「私の中にある黒い感情」

「あきらめたくない気持ち」

まだまだ抱えて、とりあえず今月も仕事頑張ります。



そして、今日は、友人妊婦さん(二人目妊娠中)が職場にやってきたので、

妊娠菌を頂きました。

更に、夜には高校時代の友人から、二人目出産報告メールもありました。



…私の周りでは今年、二人目ラッシュのようです。

妊娠・出産のよいパワーがコウノトリを運んできてくれますように。



naoko
久しぶりに日記。

5月の出来事があってから、体調はまぁまぁです。

時々なんとなく疲れやすかったりするのがありますが。



6月に流産後初の生理が来てから、2回は何もアクションせずに見送って、

けど、それ以降は、ほぼ毎月、人工授精に挑戦していました。



結局はダメだったけど、一回目の人工授精で妊娠できたことで、

なんとなく希望が持てて「人工授精で授かれるかも」と

頑張ってみようと思っていたけれど、今月も昨日また生理が来ました。



時々、卵胞の成長がゆっくりになっていて、人工授精予定で受診した日に

「まだまだですね、○日頃かな」と再受診を勧められることがあったりして、

通院が増えて、仕事にも少し支障が出たりしていました。



私が病院に行くときは旦那さんの負担が増えます。

ストレスも良くないだろうからと、ちょっとしんどい仕事も

旦那さんが頑張ってくれています。



・・・が、今月も昨日生理が来て、今回は旦那さんも色々ピークだったみたいで

「もう、どうしたらいいのかわかんない、俺だって頑張ってるのに。」

と、落ち込んで、うなだれてしまいました。



けれど、昨日は出血確認したのが仕事関係の外出先で、落ち込んでもいられない場所。

私は毎月のごとく「仕方ない」と思えたけれど、

旦那さんは、すぐには無理だったみたいで、少し席を外してました。

いつもは「大丈夫、次、次!」と私を励ましてくれるのに。



やっと持てた希望の光も、なんだか雲行きが怪しくなってきました。

病院行くのが嫌になってしまいました。

卵胞チェックしてもらって、人工授精して、排卵の注射しても

翌日に体温がグイッと上がらない月もあり、

今回大丈夫かな?と不安から始まるときもありました。



でも、生理は大体その二週間後にきっちりくるのです。

うまく出会えなかったのかな…ということになる?のでしょうか。



なので、少し病院はお休みしようかと思い始めました。

しかも、昨日たまたま知り合いの先生に手相を見てもらったら

「手相から言うと35くらいかなぁ」とのこと。

私は今32歳。

じゃ、年内どころか、まだまだ先っぽい。



気持に余裕がないと、他のこともうまくいかなそうなので、

ちょっと気持ちを切り替えていこうと思っています。

このままだったらと、体外受精も考えていたけれど、

どうしようかな。。。



本当に本当に、いつか来てくれると思ってはいるけれど

不安が募ります。

あきらめたくないけど、希望を持ち続けるって大変です。



この前は、9か月くらいの子供がいる友達家族2組と夕食に行ったのですが、

それぞれの家族の幸せそうな光景に、突然泣けてきました。

「私達にも、いつかこういうのできるのだろうか」と思ってしまって。

このままでは子連れの友達に会うのが辛くなりそうです。





同じような…いや、もっと大変な思いをしている人もいるでしょうけど、

そういう人の思いが報われる日が必ず来てくれるといいなと思います。

本当に本当に、沢山の人にコウノトリがきてくれますように。




naoko
※またまた続き。

手術をした後のことを看護士さんから聞きました。

「直後、『赤ちゃんは?どうでした?』って聞いていたのは覚えてる?

先生が2ミリくらいですよって言ったのも。」

……??

……全く記憶にありませんでした。

「『半目あいてませんでした』とも言ってたよ」

……それはなんとなく覚えてます。恥



そんな会話の中で看護士さんが言ってくれた言葉。

「赤ちゃんのこと心配してる時、ちゃんとお母さんの顔してたよ」

この言葉が、とてもとても嬉しかったです。



手術した日の晩は、辛くて眠れませんでした。

『昨日まではお腹にいてくれたのに、今はいない』

この事実を認めるのが嫌で嫌でたまりませんでした。

しかも、産婦人科病棟なので、夜泣きをする赤ちゃんの

泣き声が容赦なく聞こえてくるのです。

そのたびに涙があふれてきて、声を殺して泣きました。

多分、同じ部屋の人には聞こえてしまっていたでしょう。

まわりの音を遮断したくて、起動しないままに音楽プレーヤーの

イヤホンを耳に突っ込んで無理やり眠ろうとしました。

普段の寝つきの良さが嘘のように寝付けず、

二時間ごとに目が覚めました。朝が来るのが長い夜でした。



翌朝には退院することになっていたので、

起きると退院の準備をしました。

久しぶりに化粧して、術後経過を診るエコーの時間には

ほぼ準備完了。



いつまでもくよくよせず、前を向こうという気持ちだけでも

持っていようと思って病院では普通でいるようにしていました。

いなくなってしまったものは仕方ないし、泣いて嘆いて戻ってくる

訳ではないのですから。



今日は入院してちょうど一週間。

まだ子宮収縮の薬のせいか下腹痛と出血が続いているけれど、

少しずつ体と心がほどけていっている感じがしています。



退院直後は枕元に初めてもらった赤ちゃんのエコー写真を

置いていました。

「来てくれたことを無理やり忘れなくてもいいはず。

きっと意味があって来てくれたのだから、もう少し

思い出に浸るのもいいのかな」

と思ったからです。

そうやっていたら少し気持ちの整理が出来た気がして、

三日目には手帳に挟み込みました。



今回の経験はとても辛く悲しいものでしたが、

同時に貴重で大切な体験にもなりました。

入院中も退院してからも、旦那さんの存在が

とてもありがたく思えたこと。

上司や友人からの温かいメール、励ましの言葉。

周りの人に支えられているのだという実感。

きっとまた私たちのもとに来てくれる子がいるという希望。



これからは、今までよりも少し違う気持ちで

『妊活』をしていけそうな気がしています。



長々と気持ちの赴くままに書いてしまいましたが

私の健忘録ということで、気楽に読んでもらえたなら

嬉しいです。

では、またの機会に。
※また続き

手術の手続きと準備が開始し、

同意書や問診票の記入をしました。



手術着に着替え、麻酔の為の点滴管をいれてもらい、

病室からストレッチャーに乗せられて手術室へ。



手術決断から約30分弱の出来事です。

今思えば、このくらいの時間だったことが

良かったのかなとも思えますが、当時の体感としては

あっという間の出来事過ぎて実感が湧いていませんでした。



初めての手術室は、テレビドラマで見たことのある緑色の壁で、

手術担当の先生と麻酔科医の先生もイメージ通りの登場でした。

メガネがなかったのでぼんやりとしていましたけど。苦笑



手術の前、名前の確認がありました。

そして、

「今日は何の手術ですか?」

という質問。

……答えようとしても言葉が出せず、代わりに涙が出てきました。

「なんでそんな辛いことを聞くの…!言いたくない!言えるわけない!」

心の中で叫びました。なかなか残酷な確認でした。



あれはよくテレビで、大切な人を亡くした人にレポーターが

「今のお気持ちは?」というのに似ているなと思いました。

「悲しいに決まってるじゃん、なんでわかり切ったこと聞くの!」

というあれです。



さておき、泣いたまま手術室に入った私。

次は麻酔です。右前腕に麻酔用の点滴管があり、

そこから注入されたのですが、

「だんだん右手から重た~くなっていきますよ。

そしたら麻酔が効いて眠くなります」

その言葉通り、右手から腕にかけて、重た~い感じが

したと思った次の瞬間。



……目を開けると病室でした。

時刻は手術開始から約二時間後。

手術が無事終わったと説明された後

気分が悪くないことを確認され、

取り置いてくれていた夕食を食べました。

手術をして寝ていただけなのに、ちゃんとお腹が

減っている事実に、人間って不思議だなと思いました。



途中で仕事を終えた旦那さんが病室に到着。

顔をみたらホッとしました。



※まだまだ続きます。
※続き

「切迫流産」で入院が決まり、すぐ産婦人科病棟へ。

病室に案内されると、部屋の簡単な説明の後、

点滴をすることになりました。



人生初の点滴。

昔はちょっとか弱そうな女の子に憧れた時期も

あったけど、点滴があんなに不自由だとは…

何事も経験するのは大事ですね。



さて、そんな私。ベッド上安静ということになり、

トイレと食事以外は寝たきりの生活になりました。

出血が落ち着いてきたら点滴も取れて

シャワーもお医者さんとの相談で可能とのこと。

同じ病室には、婦人科疾患のおばちゃんや

安静が必要な状態の出産間近の妊婦さん。

うるさくする人もいないし、静かな病室でした。



入院することになったと旦那さんに報告して

着替えなど入院生活に必要なものを持ってきて

もらいましたが、やっぱり突然の入院に

かなり心配してくれていました。

仕事の負担が全部旦那さんにいってしまうのが

かなり申し訳なかったのですが、

「大丈夫、なんとかするから。しっかり休みな」

と頼もしい言葉。

「この人が旦那さんで良かったな」と心から思い、

「やっぱりこの人の子供を産みたい」と強く思いました。



この時、週末には大事な仕事が控えていたのですが、

信頼できる上司と友人にだけ事情を説明し、

なんとかカバーしてもらえました。



入院当日、点滴を開始した後も、まだトイレの度に出血が

続いていたので、不安なまま過ごしていましたが、

翌日になると少し落ち着いてきていて、その日のエコーでも

「心拍が確認できますよ」と言われ、ホッとひと安心。

これで少し希望が見えたかなという感じでした。



三日目には点滴が取れることになり、シャワーの許しも

でたので、朝から少し気持ちが楽でした。



……が。そこからが急展開でした。



その日は昼前からなぜか下腹痛が気になりだし、

今までは時々だった痛みが続くという事態に。

「下腹痛が強くなったり、出血が増えるようだったら

ナースコールしてくださいね」

と言われていたので、昼食をはさんでも痛みが

続いていた二時間後、ナースコールしました。



すぐに助産師さんが来てくれて事情を説明すると

ちょっと雰囲気が良くない感じになり、

処置室でエコーする事になりました。



この時は、

「この前のこともあるし、まだ頑張ってくれてるはず」

と思っていたのですが、

いざ内診とエコーをしてもらうと、

画面を診るお医者さんの様子がおかしく、なかなか

言葉を発してくれませんでした。

「…あれ?まさか。…なんで?」と思う私。

そこに看護士さんの声。

「昨日は心拍確認できてます」



……あぁ、だめか。本当に?でも。。。

「心拍が確認できません」

という先生の言葉を聞かずとも結果が伝わってきた、

あの空間は夢に変えてしまいたいくらいでした。



その後は、病室に待機させられた後、別室に呼ばれ、

今後の処置をどうするかを説明されました。

「また復活する可能性はありますか?」

「もう本当に駄目ということですか?」

往生際の悪さを自覚しつつも、聞かずにはいられませんでした。



「自然に出てくるのを待つのもいいですし、手術するという

方法もあります。手術するなら早い方がいいですよ」という先生。

「もう次に向けて考える方がいいですよ」という看護士さん。



あまりにも淡々と話をされた印象だったので、

この人たちはプロの仕事人なのだなと受け止めました。



旦那さんに報告と相談をし、その日の夕方に手術してもらう

ことに決めました。

手術を決めたことを先生に伝えた後、病室に戻ると、

なんだか涙が止まらなくなりました。

タオルで顔を覆って、声を出さないようにして

沢山泣きました。

途中で手術の準備のために来てくれた先生と看護士さんに

泣いているのを見られましたが、とめられるものではないですね。



そして、手術の準備が始まりました。

※まだ続きます。