一昨日の4月22日、作家 柚木麻子氏が、著作『BUTTER』の新潮社との出版契約を終了し、版権を河出書房新社に移すことを、自らのインスタグラムで発表しました。
以下が柚木麻子さんのインスタの内容です。(ちょっとブログ書きから離れすぎて、URL貼れません。すみません)
多くの方がご存じとは思います。
昨年7月、高山正之氏による週刊新潮のコラム、「変見自在」(連載1144回)において、『創氏改名2.0』と題する文章の中に、在日韓国人という出自の深沢潮氏(日本に帰化されています)に関して差別的な表現があったと問題になりました。
全文は当時読んだのですが、貼ろうとしたらちゃんと読める画像がなく、断念。
結論を言うと私自身は、保守という立場をもってしても擁護できない文章だったと思っています。
つい最近だとテレビ朝日の番組で玉川徹氏が、アメリカとイランの和平協議に、トランプ大統領の娘婿であるクシュナー氏が参加することの是非を、ユダヤ人という属性を絡めて問うたのと似ています。
これについてリベラル側で、クシュナー氏がユダヤ人なのは事実で、イスラエル寄りの人物が出席するのはどうかと聞いただけ。
人種差別ではないという擁護もありました。
高山氏のコラムも、前半は日本の帰化制度には、帰属意識を問う条件などがなく、制度的に問題があるというのが主旨で、最後の方で、反日発言をする外国人はせめて日本名を名乗るなという結びがきます。
コラムの本質は最後の部分ではないと、かばう意見もありますが、両方同じで両方とも現在の文脈ではアウト。
属性を使ってある人を批判する行為は、すべてダメなんですよ。
これは私が作ったルールではないですけど。
そして、上の理屈は、高山さんのコラムも、玉川さんの発言も両方理解できます。
理解はできるけれど、アウトである。
そのような経緯で、コラムは深沢潮さんへの差別であるとなり、1000回以上続いた高山氏のコラムは終了となりました。
しかし深沢氏は、新潮社はきちんと謝罪できていないとして、自身の新潮社の著作権(4冊分)を引き上げました。
そして今回、深沢氏の友人である柚木麻子氏が、自身の新潮社から出ている著作のうち、ドル箱の『BUTTER』の版権を、他社に移したわけです。
上のインスタの文章をお読みいただくと分かるように、柚木氏は、新潮社に世話になった、作家として育ててもらったと感謝を語りつつ、普通はあまり取らない、版権の引き上げという決断をしました。
ネットでは、勇気ある決断と、賞賛の声が大きいのですが、私はモヤります。
小説というのは、正しさを描くものではなく、ダメな人間や正しくない行為でも、そこに愛を見るものと思っています。
実際、『BUTTER』は、連続不審死事件(何人が殺害されたかハッキリしていない)の犯人、木嶋佳苗をモデルにした小説です。
連続殺人犯の心にすら寄り添える想像力の持ち主が、自分の生まれた国を非難する人を批判して、筆が滑った行為には、正しいか正しくないかの物差しで測って断罪する行為に、少し不均衡な心を感じてしまいます。
と、ここまではまだ良いのです。
同じ物差しを読者に向けて、新潮社は正しくなかったから、『BUTTER』は以降、河出から出します。
となると、読者はまるで踏み絵を踏まされるよう。
小説という世界と読者に、政治を持ち込んでしまったことに、なりはしませんでしょうか。
そこに疑問を感じます。


