猿田彦大神は、伊勢の土着神です。
鼻が特徴的なその神は鼻からスサノオを
目からは太陽と月を生みました。
人類発祥の地 私はエジプトの神話は、 各国に伝わったと思っていますが日本には、どストレート・ダイレクトに伝わったと推測します。
猿田彦大神は、エジプト神話の
太陽神ラー+トト神の合体型で
多分ニギハヤヒ神の祖神です。
ニギハヤヒ神から、天智天皇まで何事もなく
その王朝は続いていたと推測します。
しかし、壬申の乱で【大海人皇子=漢皇子】と
藤原氏【有熊氏】がクーデターを起こし
猿田彦大神は天照大御神から猿田彦大神に
名前を変えられたと推測します。
その【サルタヒコ】の名前の由来ですが
エジプト神話に出てくる多分【サタ神】です。
※サタ神はキリスト教圏内では、おそらく
サタンになりました。
エジプト神話の「サ・タ」は、死者の書第87章に登場する、足の生えた地上の蛇です。サ・タは日毎に死んで生まれ変わるもの←と言う脱皮を連想させる名を持ち、大地の神として崇められる存在です。
私はこう考えます。
神武天皇(天武天皇)より前に
天鳥磐舟で10氏族を伴い、堂々と降臨した
ニギハヤヒ神はエジプトのオシリス神の流れ
をくむ神で、天智天皇の先祖であると
【カムヤマト磐レヒコ=ニギハヤヒ神】だと…
本来【鳥信仰】であった、
このカムヤマト磐レヒコ=ニギハヤヒ王朝は
【壬申の乱=漢皇子&藤原氏(漢氏)の乱】
以降
鳥信仰でありながら、熊の皮をかぶせられ「逆賊熊襲」とされたのでは無いかと
そしてニニギノミコトはエジプトから来た
熊座信仰族のセト神を祖神にしたと思っています。
そしてセト神は
大海人皇子(漢皇子=ワニ)
&藤原氏(ゆうゆう氏漢氏)
の祖神でもあるのではないかと思うのです
中国の歴史を思い出して下さい。
秦王朝(秦氏王朝)を【漢王朝=ゆうゆう氏熊】
が倒し
その後、新(秦)王朝が漢王朝を倒しましたが
また、新(秦)王朝を漢王朝が倒しました。
日本では
この続きが【壬申の乱=熊族(漢皇子・漢氏)
クーデター】として起こり、旧王朝の鳥の皮を剥ぎ【熊族=天武天皇】が熊の上からその皮を
被ったのでは ないでしょうか?
そして旧王朝(ニギハヤヒ神鳥族)に
【熊襲】の皮を被せたと私は考えています。
皆さんご存知でしょうが元々の日本の
最高神は天照大御神(持統天皇)
ではありません。猿田彦大神と言う
巨人神です。
猿田彦大神(イザナギ)の目からは
●太陽神=天照國輝ニギハヤヒ神=物部氏の祖神
●月神=月読尊・秦氏の祖神が生まれ
猿田彦大神の鼻(核)からは
●スサノオ尊=蘇我氏「太陽神の親」
※【機織女殺害事件】馬(子)の皮
を剥いだ(ら)スサノオ
が生まれたのが【真実の三貴子】
ではないでしょうか?私には
サルタヒコの名前は、エジプトのサタ神から来ているように感じます。次にこの二つの神社です。
●【オオミワ神社】と【オオミカ神社】
この二つの神社に祀られている神は「旧王朝の太陽神」な気がします。
「ミカ」と「ミワ」:蛇のコード
エジプト神話と繋げて考えると
この響きには「蛇」と「神聖」の共通項があります。
オオミワ(大神): 御神体は三輪山。
蛇神である大物主(巨人=オシリス・ニギハヤヒ系)
を祀ります。
- オオミカ(大甕): 封印された星の神、天津甕星(カカセオ)を祀ります。
- 共通点: 「ミ」は「蛇(ミ)」であり、古代において神聖なものを指します。ミカ(甕)は「光を蓄える器」であり、ミワ(三輪)は「蛇がとぐろを巻く姿」。どちらも「蛇体を持った太陽の霊力」を封じ込め、あるいは鎮座させている言葉です。
オオミカ神社の天津甕星は、太陽が立つ国
日立にあり、金星を表します。
キリスト教圏内でも、土着神を駆逐し、金星に該当する神をルシファーにしたと思っています。
不思議な話ですが、天武天皇と藤原氏が旧王朝を
倒し、旧王朝に使えていた技術集団を被差別部落に
落とした構図と
キリスト教が、土着の神を信仰していた人々を
悪魔&魔女とラベル貼りをし、魔女狩りをおこなった構図が似ています。
また、漢民族が作った漢字には聖書の内容を
思わせる物があります。
【禁】 【園】 【船】
偶然でしょうか…。違和感を覚えました。