空月 雫の小説部屋

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月姫改め空月 雫の小説を少しずつ載せていきます。
楽しんで頂ければ幸いです。
コメント等いただけると、しっぽを振って喜びます。

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 「行ったか。」
 八咫之彌十祇神は、空を見上げたまま呟いた。
 八神の末の息子、いや、正確には娘だったか。あの子の過酷な運命を知った父は私にできるだけの助力をと懇願した。
 強い力を持って生まれた子どもだ。神が目をかける存在になると同時に、邪なもの達の餌にもなる。
 神の名を告ぐ者。その重責を担う子どもならなおさら危険がつきものだ。あの子を守りたければ力を制御できる術を身に付けさせよと教えた。
 その父が亡くなった日、一人で山を登ってきた子どもは父はなぜ亡くなったのかと涙ながらに尋ねた。
『誰かの命と引き換えに生きることしか出来ないのなら…この命に意味などないのではないのですか…?』
涙をこぼしながら幼い子どもが尋ねた言葉はあまりに残酷だった。
 あれは覚えているだろうか。その問いの答えを。そして。その血に流れ奥深くに眠るもうひとつの力の意味を知っているだろうか。
 ぼんやりと物思いにふけっていたら、見知った顔が山を登ってきたようだ。微笑で彼を出迎えた。
「妹がいろいろとご迷惑をおかけしております。」
「迷惑だなどと言った覚えはないがな。兄としてそう思うのならもう少し気にかけてやればよいものを。」
ため息混じりに告げると八神の当主、徹は深々と頭を下げた。
「今回の事は、あれに頼むしかなかったのだよ。」
そう告げた後で情けなくなってきた。
「人の子に頼みごとをせねばならぬとは…。なんのための神だというのか…。」
ため息を吐き出し、自嘲気味に呟いた。
徹はそれを何も言わずに聞いていた。

「それで。私に頼みでもあったのか?」
用事もなく八神が訪れることはないはずだ。徹にようやく目を向けて女神は聞いた。
「闇の気配が近づく前に都全土に結界をと思いまして。ご助力を願いたく参じました。」
「相変わらず堅苦しい男だな。結界ならすでにあの古だぬきが施したようだぞ。」
女神の言う古だぬきとは安倍晴明の事である。
徹的にはあれは狐ではないだろうか。
「そうではありますが…。」
「そなたが気にいらんだけだろう。問題ない。」
女神に睨まれてそれ以上口出しできない徹である。
「そなたは実に父に似ておるな。」
「…父にですか?」
「気性こそ穏やかだが、打算で動くところも、言葉を巧みに使って相手の反応を見るところも、父にそっくりだが。自覚がないのか。」
徹は押し黙った。自覚がないわけではないが。
「父はそういう気質ですが、私の場合は仕事の時のみで、個人的な事の方はそううまくいかないものでして。」
「それで意中の姫君を嫁に出来なくて焦っているのか?」
「…!」
徹はぎょっとした。なぜ女神にまで俺の内情は筒抜けなんだろうか。
「私は興味のあるもの達の事は気にかける性分なのだよ。」
女神はニヤリと笑った。
「一応結界の行き届かぬところは私も目を光らせておくとしよう。」
話をもとに戻した女神に「お願いいたします。」とだけ告げて、徹は山を降りた。
 「無事に戻れよ。」
お前のことを待つものがここには大勢いるのだから。女神は空の月を眺めながら小さく呟いた。