- 前ページ
- 次ページ
今月に入り、流行りに乗ってインフルエンザになり、完治と同時に健診にひっかかったと病院から連絡があり、やれやれドンヨリな日々を送る中、仕事でもウンザリすること様々。
正直、気力が萎える。気力が萎えると体力もイマイチになる。
負のループである。彼女と電話で話していても、雰囲気が悪くなった。
こうなると、会わない方が絶対にいい。気力が萎えていると、ただでも身勝手な私が余計に身勝手になり、彼女の話しを聞く余裕が皆無になる。
私は話を聞くのに苦はないが、彼女は興が乗ると一方的に話す。
悪気はない。
多分、彼女は気をすり減らすようなことをしてまで、会話の内容に気をつけるということをしないで良かった人生なのだ…と、お互いのこれまでの環境の違いのせいにすることにした。
それにしても、気力の萎えている時に一方的に話されるのは、正直キツいので、会わない方が賢明である。
そして、会わない事、それは何故かをきちんとメールした。この時のメールは、感情的なことは入れない。
ここで感情的なメールをしてしまうと、会うより悪いことになるのだ。
彼女もそういう処置の仕方を理解しており、感情的なメールをやりとりすることはなかった。
私は腹が立ってもおらず、彼女は何も悪くない。
とにかく、気力が萎えた時には恋人とのコミュニケーション量は少しにする方が私には良い。
気分の落ち込みや、ストレスがある時に恋人に慰めてもらうという方法は、かなり自分本位の希望的観念であると私は思うが、この方法を選択する人は多い。
そして、大概ミスる。
慰めて欲しかったのに励まされた、とか静かに抱きしめ合って眠りたかったのに、やる気満々だったとか…とにかく、気力が萎えると風向きも乱れるのだから、大人しくしているのがいい。
さて、夜半前には気力も取り戻しつつあったので、彼女にわびを入れる。
彼女は私に見せたいものもあったようだし…。
とにかく、早く元気になろうと思う。
正直、気力が萎える。気力が萎えると体力もイマイチになる。
負のループである。彼女と電話で話していても、雰囲気が悪くなった。
こうなると、会わない方が絶対にいい。気力が萎えていると、ただでも身勝手な私が余計に身勝手になり、彼女の話しを聞く余裕が皆無になる。
私は話を聞くのに苦はないが、彼女は興が乗ると一方的に話す。
悪気はない。
多分、彼女は気をすり減らすようなことをしてまで、会話の内容に気をつけるということをしないで良かった人生なのだ…と、お互いのこれまでの環境の違いのせいにすることにした。
それにしても、気力の萎えている時に一方的に話されるのは、正直キツいので、会わない方が賢明である。
そして、会わない事、それは何故かをきちんとメールした。この時のメールは、感情的なことは入れない。
ここで感情的なメールをしてしまうと、会うより悪いことになるのだ。
彼女もそういう処置の仕方を理解しており、感情的なメールをやりとりすることはなかった。
私は腹が立ってもおらず、彼女は何も悪くない。
とにかく、気力が萎えた時には恋人とのコミュニケーション量は少しにする方が私には良い。
気分の落ち込みや、ストレスがある時に恋人に慰めてもらうという方法は、かなり自分本位の希望的観念であると私は思うが、この方法を選択する人は多い。
そして、大概ミスる。
慰めて欲しかったのに励まされた、とか静かに抱きしめ合って眠りたかったのに、やる気満々だったとか…とにかく、気力が萎えると風向きも乱れるのだから、大人しくしているのがいい。
さて、夜半前には気力も取り戻しつつあったので、彼女にわびを入れる。
彼女は私に見せたいものもあったようだし…。
とにかく、早く元気になろうと思う。
たまに、
『ビアンの定義ってなんだろう?』
とか、迷いまくった仔羊みたいなことを言い出す人がいるんだけど、定義を探してそこに落ち着きたいのか、その定義に異論を唱えたいのかは分からないけど、そういう基本軸を探してしまう時点で、すっかり自身を見失ってるってことなんだよね。
ビアンな人生に疲れたとか、気づいたら孤独感が強いとか、セクシャリティーなんかより将来の不安をなんとかしたいとか、でも、出来たら旦那も彼女もいた方がいいとか、まぁ、定義の寛大さに期待したいのかどうなのかは分からないが、【寛大な定義において軽減される痛み】なんてものは、他人にさらけ出して理解してもらおうとしない方が賢明。
まぁ、それは置いておいて、月曜日からとんだ事変マイライフで、休暇。
彼女の仕事は最近軽やかな進行具合。わりと早い帰宅なので私を心配して電話をくれる。
連日電話で話す我々は、電車利用のドアtoドアで30分の至近距離恋愛。
話してる内容はたいしたことじゃないんだけど、その思いやりが嬉しいじゃんね。
日付変わって本日、やっと会えることになりました。
明日はゆっくりのんびり彼女と過ごします。
『ビアンの定義ってなんだろう?』
とか、迷いまくった仔羊みたいなことを言い出す人がいるんだけど、定義を探してそこに落ち着きたいのか、その定義に異論を唱えたいのかは分からないけど、そういう基本軸を探してしまう時点で、すっかり自身を見失ってるってことなんだよね。
ビアンな人生に疲れたとか、気づいたら孤独感が強いとか、セクシャリティーなんかより将来の不安をなんとかしたいとか、でも、出来たら旦那も彼女もいた方がいいとか、まぁ、定義の寛大さに期待したいのかどうなのかは分からないが、【寛大な定義において軽減される痛み】なんてものは、他人にさらけ出して理解してもらおうとしない方が賢明。
まぁ、それは置いておいて、月曜日からとんだ事変マイライフで、休暇。
彼女の仕事は最近軽やかな進行具合。わりと早い帰宅なので私を心配して電話をくれる。
連日電話で話す我々は、電車利用のドアtoドアで30分の至近距離恋愛。
話してる内容はたいしたことじゃないんだけど、その思いやりが嬉しいじゃんね。
日付変わって本日、やっと会えることになりました。
明日はゆっくりのんびり彼女と過ごします。