4月から復帰して二ヶ月目。そう、まだ二ヶ月なのだ。
搾り取るようにして時間を捻出しながら、仕事をしている気がする。
昨日、本社で会議があった。
年一回の定例のスタッフ会議で、スタッフ間の意見合わせをする、情報交換をする、そんな性格のもの。
非常に疲れた。
企業の人事分野におけるメンタルヘルスの問題は大きい。
うちの会社は、ある扇動者(あえてそう書くが・・・)をもって、あるところ自己流の解釈の基に対策を進めようとしている(進めている)。
正しいことも多い。
会社的に都合もよい。翻れば、本人にもメリットもある。
でも、何か私の中でアラームがなっている。
「医学的に正しいとか、議論する気はありません。
うちの会社にはこれがあっている。そういうつもりで、認識してください」
扇動者にすりこまれたか、心底そう思っているのか、人事部長のコメント。
危険な気がする。
でも、どうしてそれが危険で、何がわたしはひっかっかてるのか、はっきり言うことができない。
もっともっと静かな雰囲気のなかで考えたい。
なにか違うほうに、足を突っ込んでいきそうだ。
事実が私たちの仕事には必要。意見よりも事実が。意見を構成する事実が必要。という、産業保健スタッフ向けのコミュニケーションのくだりでの人事部長のメッセージに対して、ある総務の健康管理担当者が、コメントした。
確かに事実はある。
確かにそれは事実だ。
でも、真理って言うのがその奥にありそうな気がする。
そう思うことがあります。
と。
そこに、答えのヒントがあるんじゃないかと、考えているんだけど・・・
静かに物事を考える必要があるんじゃないか。
搾り取るようにして、捻出した時間の中では、なかなか整理でききれない。
きちんと足を止めて、真理を考えないと、何かの渦に巻き込まれそうである。