お節介で世話焼きの祖母(おばあちゃん)が亡くなりました。

思えば生まれたときから一番お世話になったのは父と母以上におばあちゃんだったと思います。

共働きで帰りの遅くなる父と母の代わりに幼稚園バスまでの送り迎えをしてくれたのはおばあちゃんでした

幼稚園バスで眠りながら帰ってくる私を重たいながらもおんぶして家まで運んでくれていたのを今でも覚えています。

幼稚園の頃家の近所を手を繋ぎながら散歩してくれたおばあちゃん

小学校の頃道草食って服を泥だらけにして帰ったら怒りながら着替えさせてくれたおばあちゃん

大学生の時に遠く離れた地で一人暮らしをすることになったとき寂しそうな顔で見送ってくれたときに泣きそうになったっけ

それからは夏休みや長期休暇のときしか帰れなくなったけどなるべくおばあちゃんの顔が見たいから毎回帰省していました

社会人になってからも帰省できるときに帰省していたけどそれはおばあちゃんに会うことが一番の目的だったかもしれません

30を超えていい歳してるのに帰ると毎回お小遣いをくれていつまでも子供のように接してくれたおばあちゃん

そんなおばあちゃんが他界しました

いつかお別れのときがくるとは思っていたしそのときに後悔しないように帰省できるときは何よりも優先して帰省しておばあちゃんに会っていたけどいざそのときがくると

もっと話せてればなー

とか

もっと何かおばあちゃん孝行してあげればよかったなー

とかやっぱり後悔してしまうものですね

あんなに口うるさく世話を焼いていたおばあちゃんが日に日に弱って口数が減っていく姿を見るのは辛かったけど帰るとお帰りって言ってくれただけで嬉しかった

これからはたまに帰省してももうおばあちゃんからお帰りって言われることはないと思うと寂しくて寂しくて泣いてしまいそうだけどここでクヨクヨしてたらおばあちゃんに口うるさく言われちゃうね笑

私が今日まで無事に生きてこれたのは間違いなくおばあちゃんのおかげでした

今までお世話してくれてありがとうねおばあちゃん

ゆっくり休んでね