奥の綴りみち  ー まだ見えていない自分に出会うところ

奥の綴りみち  ー まだ見えていない自分に出会うところ

なんだか違和感があったり、
自分って何したかったんだっけ、と思ったり。

揺らぎながらも、
ここにあるものと
生きていく場所。

なんだか今日は、
うまくいかないなあ、というような

そんな日の話です。

 

 

その日は、時間に見放された朝でした。

 

なんかぼけーっと考え事をしていたら
気がついたら息子の学校の時間ギリギリで
朝ご飯ーー!!となり

 

娘の耳鼻科にいくと、
ものすごく人がいていつもより遅くなり

 

保育園に行ったら、
保育園のカバンを持ってきてないー?!

 

というポンコツを炸裂…

 

取りに帰って、持って行き
ふと時計をみると、

 

もう昼前。

 

 

ガーン

 

 

やりたいことが
いっぱいあったのに…

何も予定通りにいかない。

 

 

 

はあ……

 

なんか今日は、
世界と自分の時間がズレてる……

 

 

そしてAIに泣き言をいう。

 

すると、

 

「今日は哲学OSの日だったのに
実務OSを起動しようとして
衝突したんじゃない?」

 

あー、なんか
未来型っぽいことを言うね~。

 

たしかに…

 

今日は、もうとことん、
答えのないものを、

何の役にも立たない
無駄なことを、

ひたすら、考えたい!!

 

と思っていた。

 

 

それで、
ちょうど大仕事を
終えたばかりだったので

暴れる理性を

 

 

ここまで、
すごく頑張ってたよ?

 

本当は君もずっと我慢してたよね?
考えたいと思ってるんでしょ?


ほら、これ、知的な水遊びじゃない?

ニヤリ

 

 

とか言って説得し
ひたすらAIとノートに書き殴り
どうでもいいことを延々と考えることに
没頭しました。

 

 

そうしたら、気が付いたら
未来型の場の話になっていって
次なる場のアイディアが浮かんで

 

燃えてきて
めちゃくちゃニヤニヤ…

 

 

あーーー

書きたいーーー

 

 

と、そしてその後
仕事まで終わってしまったのでした。

 

 

しばらくして、
理性がぼそっと言う。

 

 

「‥‥結果的に合理的だったな」

 

 

これもまた、
未来型的日常の
不思議。

 

 

 

――ポンコツの焚き火は、
だいたい、ここから燃え出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

追伸

 

最近、庭仕事で、
カメムシに、かなりの確率で遭遇します。

 

それまで、カメムシを
まじまじと見ようと思ったことはなかったため

 

カメムシは
臭くて嫌がられている虫、
というイメージしかありませんでした。

 

 

けど、庭仕事で
遭遇するようになってから
じっくり見ていると…

 

 

カメムシたち、

 

めちゃくちゃかわいすぎる…

 

 

ものすごく鈍臭いのです。

 

ひっくりかえったらじたばたして
なかなか戻れないし

 

葉っぱから落ちたら、
飛んでいけばいいのに、


のーーんびり歩いていて、

そんなところにいたら踏み潰されるよ!

 

 

という感じで、

おい大丈夫か?!

と言いたくなる…

 

 

このなんともいえない
ポンコツ具合が、

かなり未来型っぽい…

 

 

「君も、未来型くる?
大歓迎だよ。」

 

 

と心の中で思いながら
せっせと拾っては
踏まれないところに戻しています。

 

 

そのうち
ほんとに口に出してたらどーしよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――この焚き火の続きのような場所

 

 

 

 

 

 



 

 

 

 

 

        

 

📖

 

 

 

 

 

 

 

 

——— 好きなことを仕事にしたら、お金は諦めないといけないのかな ———

 

 

その日、ある場所を訪れた私たちは、トトロを見た。

 

ブルーベリーをもいで、食べる庭

かつての面影を残す小さなブランコ

使われなくなったトラクターや、タイルをしきつめた洗い場

草のトンネルのみち

 

入ったそこは、もうなくなってしまった祖父母の家のにおいがした。

 

 

そこでおせいべいを食べながら、私たちは何気ない話をしていた。

そのうちのひとりが、うとうとしはじめて、そのまま深い眠りに落ちていった。

 

「いい感じの空気になってたんですね」

「そうですね」

 

そんなのんびりした会話をする竹川さんと私に、もうひとりの人は、びっくりした様子だった。

そしてどこかまぶしそうに、寝ているその人を、見ていた。

 

夏の日差し

扇風機

せみの声

寝息

 

やがて、夕立のように、ぽつりぽつりと

言葉がこぼれていった。

 

それは、誰かひとりのものというより、

ここにいる誰もが、どこかで触れたことのあるような、そんな温度だった。

 

人とうまく関われない気がしてしまうこと。

届けなければいけないのに、どうしたらいいかわからなくなること。

 

好きなものよりも

求められるものを選ばなければいけないと思ってしまって

 

気づけば、うまくやろうとして、動けなくなる。

 

それでも、足りないのは自分の頑張りだと思って、

何度も何度も、重い足をひきずるのに。

 

 

——それでも、「その日」は、なかなか訪れない。

 

 

 

 

ふとあるとき。

 

 

竹川さんが、

田んぼのカエルみたいに、

ぽつりと、言葉を落とした。

 

 

 

ふいに、雨音がぴたりとやんだ。

 

 

 

「……私、」

 

 

すこしずつ何かが、立ち上がるように。

 

 

 

「————を、忘れていました」
 

 

 

そうつぶやいたその方は、なくしていた宝物を、ようやく見つけた子供のような目をしていた。

 

 

 

そして——

次の日から、その方のブログは、
なぜか、少しずつアクセスが伸びはじめた。

 

特別なことをしたわけではない。

 

やり方を変えたわけでもない。

 

ただひとつ、
あの日、自分の中の「前提」に気づいただけだった。

 

それでも、

毎週、1000PVずつ、
ゆっくりと、でも確実に、

現実が動いていった。

 

 

ここはただ、

そんな瞬間が、静かに起きてしまう場所。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

———この続きのような場所

 

 

 

 

 

 

 

 











 

家で仕事をしたいのに、どうしたらいいかわからなかったときに

 

好きなままで、届くのかと、立ち止まったときに







 

――この続きが、気になったなら



 

 

家で仕事ができたらいいのに、と思ったことがある。

 

満員電車に乗らなくていい生活とか、
自分のペースで働ける毎日とか。

 

でもそのあと、
何をしたらいいかわからなくて、
検索だけして、閉じた夜のことも。

 

 

―――そのとき、最初に開いたのが、ブログでした。

 

 

家に居たままで
好きなことを書いていい
それが読まれて、お金になるかもしれない。

 

私はずっと、書いて生きていきたかったから
それは本当に、希望でした。

 

 

だけど……途中で気づいた。

 

家で仕事をしたいから、ブログを書く。

 

それだと、仕事になる日なんか、来ないって。

 

 

 

 

 

『家で仕事をしたいから』

 

 

 

 

「本当にその理由のために、書くの?」

 

 

 

 

家で仕事をしたいがために

お金にしたいがために

 

それだけなら、もっとやり方はいっぱいある。

 

 

もっとお金だけにこだわって

需要があることだけをして

思ってもいないことを書いて

 

 

そんな道だって、ある。

その方が、楽だったかもしれない。

 

 

だけど

 

 

「それで仕事ができるようになったら
本当に、満足するのか?」

 

 

 

 

 

 

‥‥

 

‥‥‥‥

 

忘れられないものがある。

 

子供のころから、ずっと。

 

それを、大人になった私は、

裏切る気なのか。

 

 

 

‥‥絶対に、嫌だ‥‥

 

 

 

 

でもやり方が分からない。

 

どうしたらいいか分からない。

 

だって、お金のことを考えなければ

生活していけない。

 

 

もう、ただ書いていればよかった

あの頃とは、違うんだから‥‥

 

 

 

なのに……

 

それでも、割り切れない。

どうしても、そっちには、動けない…

 

なにかが間違っている気がしているのに、

どう間違っているかが、わからなかった。

 

――私は、その場から、動けなかった。

 

 

 

そうしている間に

時間だけが過ぎていく。

 

 

みんなは普通に仕事をしていて

 

 

なのに、

 

私だけ何もしていないみたいで

私だけ取り残されているみたいで

私だけ――

 

 

……じわじわと、現実が押し寄せてきていた。

 

 

 

 

でも

 

それでも、やっぱりその日も、

次の日も

次の日も

パソコンを開いた。

 

なにかを書けるわけじゃない。

 

進むわけじゃない。

 

ただ、見てるだけ。

 

 

すごいひとたち

結果を出しているひとたち

輝いているひとたち

 

 

確かにこの世界はあるんだと思いながら

でも、自分はそこに居ないなって思いながら

 

離れたところから

それを

ただ、見ていた。

 

 

 

でもあるとき…

 

 

ふと、

 

 

「そこに、入ってみたら?」

 

 

そんな声がした。

 

 

みんなが楽しそうに

活動しているその場所に

 

書きこんでみる‥‥

 

自己紹介してみる‥‥

 

ここに私はいますって

そう伝えるだけ。

 

 

ただ、それだけ‥‥

 

 

 

‥‥でも、もしも、

拒絶されたら、どうしよう‥‥

 

何も反応がなかったら‥‥

 

変な目で見られたら‥‥

 

 

 

やっぱりやめとこうかな‥‥

 

 

 

 

 

 

 

 

「いつまで、外の世界のままで、いるつもり?」

 

 

 

 

 

 

 

 

怖いよね。

 

 

 

 

でも、本当に怖いのは‥‥

そのまま、時が過ぎていくことなんじゃないの?

 

 

 

 

あのとき、一歩踏み出していたら…

 

 

 

そんなふうに後悔しながら生きていくことが、

一番怖いんじゃないの?

 

 

 

 

ずっとそうやって生きてきて

もう十分苦しんだ。

 

 

もう十分絶望した。

 

 

変わらなかった世界を、

もう、たくさん見た。

 

 

 

だから、もう、いいよ。

 

 

 

もう、違う道を選んでいい。

 

 

 

 

 

……

 

 

 

震えながら、打ち込んだ

 

たった、数行。

 

 

 

 

 

 

 

その先にあったのが、

未来型という場所でした。

 

 

——物語の、その先へ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 








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もう同じ生き方ではいられない… そう静かに感じはじめているあなたへ


 
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こんばんは、
空飛ぶ引きこもり小説家、千聖(ちさと)です。


今回は、少しだけ時間を遡りながら、
お送りします。


およそ11年前、
こんな記事を書きました…

(見返すと恥ずかしいですが…)




私は好きなことを仕事にするかどうか
の分岐点の時、


「好きなことを仕事にすると嫌いになるのでは?」


と悩んでいました。




趣味でやるのと仕事にするのは別だから

嫌いになるくらいなら、
やめたほうがいいのでは、と。




そのときの自分へ

好きなことを仕事にするみちに
挑戦してまもないころ、

書いた記事が上記です。





じゃあ、


「11年間、やり続けてみて、
本当のところ、どうだったの?」



と



そう問われたなら、今の私はこう答えます。







嫌いになること?







もう、めちゃくちゃ、



ありますよ笑









正確に言えば、

嫌いになるというより、嫌になる。



もう顔も見たくない。

離婚してやる!!



くらいな感じになることはありました。





もうこんなに苦しむくらいなら、

普通に生きた方が楽なのでは?と



書くことを諦めさえすれば、



決められたレールの上で

毎日同じことを繰り返して生きていける。



書いた言葉が届かなくて泣くことも

すれ違って苦しい想いをすることも

傷つけたかもしれないと後悔する夜も



もうなくなる。





そんなことに悩まずに、

誰とも深くかかわることなく

何かを作ることもなく



毎日機械的なルーティンをする



そんなふうに生きたっていいはず、



……って。



理屈は、

そういってるんだけどなぁ…





やめる選択肢なんて、



最初から、

存在してなかった……





そんなことに気づいてしまったのが、

正直な感覚です。







好きとか嫌いとかそういう問題じゃない。



もうやるしかない。



気づいたらそうなってた。



じゃないと死ぬ。



仕事だからやめたらご飯が食べられなくなるとか

そういう問題ですらなく



自分という個の死です。





それをもっともらしい理由をつけて

諦めてやらなくなる自分になったとき、

もうそこに、私は、いない。







そんなどうしようもないやつ…







でも…



「好きなことを仕事にしたら
嫌いになるかもしれない」

「それなら趣味のままの方が…」



と怖がって、踏み出せなかった

あの頃の私にそれを言ったら…




なぜかニヤニヤしてるのが、
目に浮かんでしまいます。






もーー










やらない選択肢なんて、

本当は、ないんじゃないですか。





だからもう、



観念したほうがいい。





……と、過去の自分に言いながら、


それでもまたあの頃の私は、
きっと、ニヤニヤしてるんだと思います。





















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もう同じ生き方ではいられない… そう静かに感じはじめているあなたへ


 
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ある古い家に、渋柿の木がありました。

その渋柿はもう家主の手に負えないほど、道路にはみだしていて、

 

だから、この木を本当は手入れしたい、

でも家主さんは「切るのは良くないことを呼ぶから」と言い、剪定しようとしませんでした。

 

その言葉を聞いてから、この木はまるで呪いのようなものを背負っているように見えました。

 

 

そんな渋柿の木は昨年、目を見張るほどの柿の実をつけました。

 

でも、渋いからか、人の手に収穫される様子もなく残っています。

それでも、鳥は食べに来るかなと思っていたけれど、鳥さえも食べない。

 

誰にも見向きもされぬまま、時々、冷たいアスファルトに落ちては、オレンジ色の血飛沫みたいな姿をさらしました。

 

呪われたように見られ、誰に食べられるともなく、その種は芽吹かない。

 

なんだか見ていて、辛い光景でした。

 

 

やがて、柿の葉だけが落ち、

冬が来ても、その柿の実はまだまだたくさん、なったまま。

 

風に吹きさらされる日も

分厚い雪がその実に積もる日も、

 

多くの実は何かを待っているように、落ちようとしませんでした。

 

 

 

そして雪が溶けたある日のこと。

 

ふと、鳥が…

鳥が、その柿の実をついばみにきているのを見ました。

 

いろいろな種類の鳥が、静かに、でもたしかに、味わうように食べにきていた…

 

そうか、天然の干し柿みたいになって、

甘くなった時が来たのかも。

 

それを想い、ああ、よかったなと、涙が出た。

 

鳥たちの明日を繋ぐその実の種は、いつかどこかでまた芽吹いてゆく。

 

どんなに厳しいときがあっても、

どうしてか世界は、放っておいては、くれない。

 

 

 

 








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空飛ぶ引きこもり小説家、千聖(ちさと)です。

最近、庭の仕事の大ベテランの先輩の助手席に乗るとき・・・私は、ちょっと面白いことをしています。

 

しゃべらずに、会話する。

 

と、言葉ではなんかたいそうな感じに聴こえるけど、やっていることと言えば、私はその先輩の隣に座って、自分の中にある、感情と対話しているだけです。

 

色々出てくる雑念だったりとか、言葉にならない何かの感覚とか、妄想暴走とか、そういうのをひたすら、自分の中で対話している。

完全に自分の世界に没入している状態です。

 

それまでは、いくら寡黙な先輩とはいえ、ちょっとでもしゃべらないとやっぱり、何か先輩もいろいろ思うのでは?

と思っていたのですが、あまり話しかけられるのが多いのも好きではないようだと聴いて、私は完全に、この先輩とはしゃべらなくていい、と思えた。

 

そして、お互いに、その時、ふと、浮かんだことをただ、ぽつり、と言葉にするだけ。

 

長時間の道のりのときでも、道中、1言2言、しゃべるかしゃべらないかくらいの、本当に沈黙。

でも、先輩の存在が生み出す空気のなかで、自分としゃべっていい、と思うと、沈黙が気まずさではなくて、妄想と創作の場になりました。

 

 

そういうふうな感覚になってきたある日・・・・

ひとりの時間にひたっているにもかかわらず、面白いことがあって。

 

私が、すごく深みにハマった思考をしはじめた時があって、その感情とどう向き合うか、1時間くらい悶々としていました。

でも、いろいろ考えていって、なんかふと、私がニヤニヤする感覚にたどりついたとき・・・

 

 

その瞬間、先輩が、お菓子をくださったのです!!

 

 

めちゃくちゃときめいた!!笑

 

 

お菓子という「物」が嬉しかったわけではなくて、なんか、会話してないのに、気持ちが通じた、みたいな感動だったのですね。

 

私の嬉しい感情、ニヤニヤを、一緒に喜んでくださったように感じた。

本当に通じたかどうかは、わからないし、確かめるようなものでもない。

 

でも、そう思えたことは、なんか、あたたかい信頼関係が深まった、みたいな感覚で。

 

そして、そのあと、本当にあと2分でたどり着くくらいの短さのときだったけれど、先輩が楽しそうに、自分の話をしてくださったのが、すごく印象的でした。

 

 

会話が弾み、言葉を交わせることは、もちろん、かけがえのない喜び。

 

でも、沈黙で会話することも・・・・なんかすごく、いいかも・・・・

と、ちょっとまた、新しい世界を覗けたような気持ちでした。

 

 

 

 

 

 








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つららの中に閉じ込めた

椿のような色の梅。

世界はまだ、ほんのすこし、

凍っていたいのかもしれない。

 

もう、明日にでも溶けてしまう

抗いようもなく進んでしまうことがわかっていても

 

ただ今日だけは、

この氷の花を眺めていることを

許されたなら、いいのに。

 

 

 

 

 

最近、いまのままでいたい、

変わらないでいたいと思っている状況もまた、

美しいなと感じることがあります。

 

ひとは、たとえそれが、苦しくてつらくて

そこに居続けると身を滅ぼしてしまうことをわかりながらも

 

そこに居続けることを無意識に選んでしまう。

 

そうすると安定や安心があるから。

たとえ辛くても、その辛さは、いままで過ごしてきた経験値があるから、予測可能。

 

でも、次の扉を開けるのは、その先はいままで、見たことのない場所だから。

それは防衛本能暴れますよね。

 

だから、悲劇のままでいたい、となる。

それはとても重くて、しがみつき、まとわりつく、沼のような感覚がある。

 

 

 

でもそれが、無意識じゃなくて、

意識として、自分はいま、ここに居続けたいと思っている。

 

そして、いまはそれを、選ぶ時期だと…

私はここをただよっているんだと

 

そしていつか、そこを離れる日が来ることも、わかっているから…

 

 

そう思えたなら、

 

 

表面的に見えるもの、状況としては

同じであるにもかかわらず、

受ける感覚は、全く違うものになる感じがしませんか。

 

 

なんていうか、葛藤しながら、

でも、いまは力がなく、時期ではなく、

進めないことも認めていて

 

だけど、目線は真っ直ぐ、静かに、未来を見ている…

 

 

その姿は、

健気で、儚くて、切なくて、でも……芯がある。

 

それはめちゃくちゃ美しい姿に見える。

 

 

だから、いまのままでいたい、

と思うことそのもの、

それは何も悪いことではないのだと思う。

 

 

昔は、変わりたくない自分がいてはいけない、消さなければいけないと

でも消せなくて、自分には覚悟がないと、自己嫌悪でした。

 

そういう自分がいなくならないから、何もうまくいかない、ダメなんだ、と。

 

 

でも、そうじゃない。

それはそこにあってよかった。

 

ただ、それに、無意識にしがみつくか、

それでも自分はいま、これを選択するかの違い。

 

選択したとき、それはもう、在り方になる。

生き方になる。

 

本物の音がする。

 

だから、人はそれに、魅了される。

 

 

 

 

溶けゆくつららは

いつかかかえた哀しみ。

 

それごと美しいと思える日はきっともう、

その哀しみは痛みでも別れでもない。

 

形を変えてともにゆく、

新しい旅の仲間。

 

朝日に照らされて、

ゆっくり溶けていくつららは、

静かに光をたたえていた。

 

 

 

 








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こんばんは、千聖(ちさと)です。

 

夢降る隠れ処の若旦那、探検家タガメのリョウさんが、釣ったスズキとヒラスズキを捌いて送ってくださいました。

(夢降る隠れ処での記録)

 

いっぺんに4匹も釣れたのだそう!

 

数年間1匹も釣れなかった背景があるので、

4匹も釣れたのは、リョウさんの諦めず好きなことをやり続けた歩みを、力強く感じさせました。

 

 

そんなお魚を、どう調理しようかと迷う贅沢。

料理は、最も苦手なもののひとつだけど、なんだか今日は少し楽しみな気持ちで、ムニエルを選びました。

 

ぱちぱちと焚き火の音のようにはぜるバターの音を聴きながら…

弱火で、ゆっくり、ゆっくり……

静かに、焼いていく。

 

途中でちょっとタイミング逃した?!と焦りながらも、

 

最後に溶けたバターをとろりとかけて…

 

 

できた。

 

 

 

口に入れてみると、やさしく崩れて、ふっくらと、香ばしく、どこか包み込むようなそんな味わい。

その中でもはじめて食べた、ヒラスズキは、なんていうか、透明な味がしました。

 

海の底から湧き出したような透明な味わい。

 

刺身にして食べた竹川さんが、マグロにたとえると、スズキが赤みなら、ヒラスズキは中トロと言っていたけれど、本当に格別な味でした。

 

ちょうど冷蔵庫に、庭の仕事でお客さんからいただいた冷えたビールがあったから、ついついプシュッと開けてしまいます。

 

 

 

最近、深い孤独を感じるようなことがありました。

 

それは希望と絶望、どちらも激しく同時にあるからこそ、感じる孤独。

 

でも、リョウさんからの贈り物は、

海の波打ち際で、波の音を聴いているような静けさをもたらしてくれました。

 

それは、

夢降る隠れ処で、未来型のみんなとともに過ごしたあたたかい時間を、思い出させてくれるような

 

そんな静かな、凪のお手紙。

 

 

 

 








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こんばんは、千聖です。

 

今日はちょっとある方とのお話からの、

こんな時間過ごしてみませんか、

というお誘いです。

 

 

未来型ではないのですが、

最近、すごく面白い方に出会いました。

 

 

その方は大学生で、

進路に悩んでいる状態の方でした。

 

その方の話を聞いていると、

無性にぎゃあああああとなってきて

 

 

いますぐ・・・

 

 

竹川さんをここに召喚したい・・・

 

 

という衝動にかられました・・・

 

 

 

というのも、

この方、もう、あちこちで、

魂が見えていたんですよ・・・。

 

 

心が閉じている人はたくさんいるけれど

この方は、閉じようとしても閉じきれていない。

 

 

こぼれていく。

 

 

 

言葉を口に出して話す前に、1度止まる、

そして話す、という感じの

呼吸で話す方だったのですが

 

 

私には、その止まった段階の

その方の方が、魂が見えていた。

 

でも言葉に落とすと、

それが消える。

 

 

嘘というわけではないけれども、

 

 

ん・・・・?

それ、本当に言いたかった言葉じゃないですよね?

 

 

というのがすごく分かってしまうくらい

魂が出ていました・・・

 

 

 

それで、

何とかしてこっちの魂の方を

自覚してほしい・・・・

 

 

でも私の中に置ける角度の言葉がない

あああああああ

 

 

という感じで、

竹川さんを召喚したくなったという流れです・・・笑

 

 

 

しかもこれ、このままいくと、

たぶん昔の私みたいになってしまう方向だ、

というのもあって

 

 

その人は本当はやりたいことがあるのですね。

 

ただ、それが言葉になっていなかったり

その角度にたどりつく視点をまだ持ってないだけで。

 

でも、たしかにある。

 

 

だけれども、ここがもうなんか、

悔しい、と思うところなのですが、

 

その人がアルバイトを選ぶ基準、

みたいなのはすごくよくて、

 

ただ純粋な興味だったりとか

こういうことを経験してみたい、

 

という角度で仕事を選んでいました。

 

 

それを本人はすごく楽しんでいたし

失敗したりとんでもない経験も含めて

それが面白かったとすごく活き活きして話してくださった。

 

 

でも、それが、いざ、

社会に出る、

という感じの話になっていくと、

 

仕事の選び方の思考が180度変わってしまっていました。

 

 

「これからの時代はAIに仕事を奪われるから」

「それでも生き残っていける需要があるものにしなければいけない」

「それで、いくらもらえるんですか?福利厚生は?」

 

 

という感じになっていくんですよ。

 

 

えええーーー?!

もーーーー

アルバイトの思考どこ行った?!

 

 

これが今の日本の問題点かもしれない・・・と。

 

 

かくいう私もそうだったけれども

 

大人になるということは、

そういう現実的なことを考えることが、

大人になることだ、みたいな。

 

 

本気で

 

「私は需要と福利厚生で

仕事を選ぶのが私の生き様だ」

 

と、そう思っているのなら、

全然いい、それで行ったらいい。

それも素敵だと思う。

 

 

でも、そうじゃない・・・!!

こぼれていることと

選び方が真逆ですよ!!!

 

 

そうしなければ、仕事にならない、

安定しない、

それは甘えだ

いつまで子供みたいなこと言って

人生が詰んでしまう

 

 

と思っているのかもしれないな、と

 

 

でも、逆だったんですよね。

それは私の経験だけじゃなくて、

この場に来てくださったたくさんの方々の人生からも・・・

 

 

好きなことややりたいこと

魂がニヤニヤすることをもとに

仕事を選んでいったのなら、

 

その仕事が楽しいし

ニヤニヤするのはもちろんのこと

 

あたたかい人たちに囲まれて

素敵な人とのご縁があって

そして待遇的なところ、給料もあがっていく…

 

 

だからむしろ、

不安定を選んだ方が

人生が安定していったくらいです。

 

 

でも魂を封印して選んだ仕事場は

たとえ福利厚生が良くても、

徐々に精神を病んでいってしまうような環境だった。

 

 

それはそう、それが本当に

自分の望んだ人生じゃないから。

 

 

それで危うく

電車に飛び込みそうになった

私の過去からも・・・

 

 

それは極端な未来だけれども

 

せっかく自分に生まれたのなら、

私は、自分の魂に正直な生き方を選びたい。

 

 

それは呼吸がしやすく、

川の流れに浮かんで乗っていくような感覚で

 

肩の力を抜いて

ただただ夢中になって

好きなことを突き詰められる仕事ができて、

 

朝起きるのが毎日楽しいし

そしてお金としても人とのご縁も

あたたかく、豊かになっていったから。

 

 

そういうやりたいことと安定、

魂と心、どちらも両立できる、

 

第三の選択肢、視点もありますよ、

というのを伝えたかったな・・・、と。

 

 

そしてそれは、

自分ひとりでは、気付けなかった。

そういう視点があるというのが、まだないから。

 

 

自分では自分が見えないから。

 

 

だから私はそういうとき、

未来型を訪れてみてはどうですか、と

言いたくなってしまうんでしょうね・・・・。

 

 

でも言える流れではなかったし

別の視点も、ちゃんと言葉にして、

伝えられなかったな・・・・

 

 

という後悔を残しながら

その日が終わりました。

 

 

 

だから、というわけでもないけれど

ここに来て下さっている方には

 

いざというときに

「こうあるべき」という常識の声も、

「本当は」という声も、

どちらもありながら

 

 

それでも、流されるのではなく、

自分の意志で、流れることを選べるように。

 

 

私はそういう時間を、

言葉にして届けたいと想います。

 

 

 

そんな時間の入り口として

 

今回は、未来型の場から

小さな未来型の時間

 

「未来型占い」をご案内します。

 

 

占いをしてくださるのは、

未来型で6年修行を積んでいらっしゃる、

いたこの曾孫の占い師さん。

 

この方もかつて、

世間一般の在り方に押し込められて

封印していた時期がある方です。

 

でも未来型に来られて

 

いたこの曾孫として

それでいいんだ、

私はこれでいいんだ、と魂に気付かれて

いまはタロット占いをされています。

 

 

その方が未来型の姿勢で、

あなたの中にあるものと向き合う時間を届けます。

 

 

未来型の占いは、

 

答えを教えるものでも

未来をみせるものでもなくって

 

 

・外のざわめきから離れ

・自分の内側に入っていって

・まだ言葉にならない感覚に耳を澄ませる

 

 

そんな時間です。

 

 

 

世間の常識や一般的なもの

こうあらねばならない

となっていた外側の思考から

 

 

「自分は、本当は、どうしたいのだろう」

 

 

という方向に潜っていく。

 

 

水の中にもぐっていくと

 

音が遠く消えていき、

自分の鼓動と、

呼吸の音だけが聴こえる・・・

 

 

そんな静けさで自分の

内側と向き合っていく時間。

 

 

それは人からの言葉でありながら

人に言われたような感覚にならない

 

自分のことを言われているのに

自分のことを言われていない感覚

 

 

ただそこにあるものを

照らしていく。

 

 

それを、文章で受け取り、

ゆっくりと自分の家でひらき、

向き合うことができる時を。

 

 

今回はお届けしたいと想います。

 

 

 

そして、2月15日(日)までに

この時間を受け取ってくださった方には、

ひとつだけ、小さなおまけを。

 

 

静かにゆっくり、

自分の内側に潜っていける「未来型潜水ガイド」

こっそり添えます。

 

あなたの内側へ還っていくための、

水の中の灯りとして。

 

 

 

そんな内に沈んでいく潜水は、

静けさの中で、

ふと、見える景色があります。

 

 

潜ってゆくなかで、

徐々に溶け

暗く薄くなっていく光

 

けれどもそこから見上げた

地上の光は木漏れ日のようで

 

立ち上る震える泡は真珠のよう

 

その息をのむような美しさに

ゆっくりとつかっていける贅沢な時間を。

 

 

そんな時間に、

こっそりと潜りたいと感じたら

 

 

その静けさの入口を

ピチョン……と、ここに置いておきます。

 

 

 

 

 

 

 

もしこの件で、何か聞いてみたいことが

浮かんできましたら、千聖まで

 

 

 

 

 

 








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今日は日記です~

私は去年から、庭の仕事をはじめました。

 

もともと、庭の仕事、自然に携わる仕事はやってみたいと思っていて、 「13歳のハローワーク」という本のなかで、小説家以外に私が惹かれたのが、 樹木医という職業でした。

 

木のお医者さんです。

 

そして、 東京の会社をやめると決めた時

文章を書く仕事か、

木に携わる仕事をするか、

 

というところで、悩んだくらいでした。

 

でも、私は文章を書く仕事を選び、

それははっきりと私の核だったということがわかり、それはいまでも変わりません。

 

でも、やってみたいと思って実際に庭師の仕事をはじめて、楽しいからというのはもちろんだけれども、自分でもなぜ、1年が経とうとするいまでも、続けているのか。

なぜ、よほどのことがない限りは、あと5年くらいは続けてみたいと思っているほどなのかが、よくわからなかったのですね。

 

 

 

でも、ある時、はっとしました。

 

私は、庭を文章だと思っているんだな、と。

 

 

たとえば、こんなことがありました。

 

剪定をしているとき、どうにもこうにもはさみを入れても入れても、整わなくてどこをどう触ればいいのかわからなくなったときがありました。

 

全体的に問題だという気がして手を入れるけれども、

それをすればするほど、余計にゆがんでいく。

 

それを見かねたこの道40年以上の大ベテランの先輩が、はさみをいれました。

 

ほんの、数回だけ。

 

なのに、あっというまに整ってしまいました。

 

それに心底驚いたのですね。

全部直さないとダメだと思っていたのに、と。

 

 

それを感じたときに、 そういえば、文章でもこんなことがあったことを思い出しました。

 

記事全体がなにか違和感。

言いようのない感覚がある。

 

もうこれは書き直さないとダメだろうな、と。

 

でも竹川さんに相談すると、

 

「最後の一言だけこうしては」

 

その一言を修正すると・・・

 

違和感が霧のように消えてしまったのです。

 

 

というようなこととリンクして、

そうか、この庭の仕事の感覚は、文章の編集作業なんだ。

 

どこをどう削り、残し、整えるかを考えてゆく、文章の剪定。

私はその仕事が好き。

 

だから私にとって庭は文章。

庭という別の視点で、 文章を見れる機会に私はとてもニヤニヤする。

 

 

そしてそれが相互に作用しあって、

剪定の方も文章の方もどちらも上達していけるのだとしたら、

それはめちゃくちゃ面白いな、と思う。

 

 

それは、いま何をしていても、

どんなふうに見える時間であったとしても、

意味のないものはひとつもなく、

 

そのすべてが、同じ川の水として、

ちゃんとここへ流れ着いている、ということだから。

 

 

そう思いながら、剪定ばさみをしまう今日このごろ。

 

 

 

 

 








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