気が付いたらもう半年以上ブログの更新ができていなかった。なぜかというと、アイデンティティ危機に瀕して結構やばかったのです![]()
2022年から自分の研究テーマがジェンダー関係ということと、性暴力のトラウマカウンセリングを受けているということで、自分のジェンダーについて内省することがとても多くなった。徐々に胸の身体違和が強くなり、胸を見るのも嫌で鏡に映る身体を見ないようにしたり、バインダー(胸をつぶすさらしの様なもの)を着けて生活する日が出てきた。どのくらい嫌かの度合いによって、スポーツブラで大丈夫だったり、バインダーじゃないとだめだったり、体の線が出る服を着れる日と着れない日があったりした。一番ひどい時は胸を取る手術に関して調べたり、うつ症状が一か月以上続いて何もできない時期もあった。
私は何をもって自分を女と認識しているか、ということを毎日考えた結果、周りからそう扱われるから、身体的特徴が女性だから、ということ以上の理由がなかったことに気づいた。そして、もし選べるのであれば、女性という性別は絶対選ばないということも。
じゃあ男性になりたいかというと、それは100%いやだ。じゃあどんな風なのが理想?
無性
になりたい。
「身体のイメージで一番しっくりくるのはどんなの?」
とカウンセラーに聞かれて、
「宇宙人」
と答えた。
パッと聞かれて答えを用意する間もなく頭に浮かんだのが宇宙人。私にとっては宇宙人のこの凹凸がない体が理想だと思ったんだろう。
無性になりたい、という感情はとても強いけど、それが自認の性を公表して周りから扱いが変われば納得するのか、体を医療的に変えるのか、そこもまだはっきりしない。そもそも無性という結論にたどり着くまでものすごい葛藤があった。
私にとって性暴力の被害者としてのアイデンティティはもう誤魔化せないくらい大きい。明らかにジェンダーアイデンティティの一部なのだ。だから、性暴力を受けなかったらどうなったと思う?という自分の問いかけに、わからない、としか言えない。
この被害者としてのアイデンティティが私を苦しめた。子供のころから感じてないのなら、身体違和はトラウマ反応の一環であって、私が感じているジェンダーの葛藤は偽物なんじゃないか?女性で居たくないのは、父権制度のせいじゃないのか?
自分の感情に自信が持てず、自分の葛藤を肯定してあげられなかった。
でもカウンセラーは何度も私に言ってくれた。
「理由がなんにせよ、あなたが今感じている気持ちは本物だ」
これを繰り返し言われることで、徐々に自分を納得させることができた。苦しんでいる自分を受け入れることができた。
やっとブログを書けそうと思えたのは、先日参加したプライドパレードが大きな理由だ。オーストラリア最大のLGBTQ+の祭典で、パレードの参加者だけで1万2千人・・・パレードを外から見るのではなく中から参加したことで、どれだけの人が性的マイノリティを受け入れて、応援してくれているのかを肌で感じることができた。素敵な出演者に囲まれて、自信に溢れて輝いている姿を見て、希望が持てたのだ。
最近ジェンダーアイデンティティについて聞かれると、
I am on the spectrum of agender and female
と答えられるようになった。男性と女性を線で結んで反対側に配置すると、私はその真ん中(無性、中性)と女性の間くらいにいる、という意味。日によっても変わるのでエイジェンダー(agender、アジェンダーとも言う)とも言い切れないし、女性として女性から扱われる時には嫌じゃないこともあるから。
ここまでこれて本当に良かった。カウンセラーや友人に感謝!![]()
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プライドパレードに関しては別途ブログを書くので、この話はとりあえずここまで。
