あれから、休みと言う休みをほぼ捧げています
結局、このゴールデンウィークに一番遠くへ行ったのは会社です。(笑)
体調も本調子ではないし、また週が明けたら5連勤ですから、
無理をせず、体のリズムを取り戻すことに専念したいと思います。
さて、父方の祖母の家系です。
K家・A家ともに代々地元で、お墓も同じ菩提寺にあるから、結構知ってるつもりでいました。
まずは、K家。
曾祖父の戸籍が唯一、大師河原村じゃなくて、川崎町から始まりました。
本籍地が今の川崎市役所の近所になっていました。
何か商売をやっていたと聞いたことがあったから、
代々 川崎宿に居た商家かと思って期待したんですよ。
しかし、高祖父の戸籍を取ったら、また大師河原村に戻ってしまって。(笑)
結局、曾祖父が一時的に町へ本籍を置いていたと分かりました
昔は裕福だったらしいのですが、戦後の混乱期に人に騙されて…と、
祖母はいつも恨み節になってしまうから、先祖の話は聞かないようにしていました
子どもながらに、ひどいことをする人がいたんだなーと思いましたけど、
この歳になると、貸す方にも問題アリなのかもしれないと感じます。
まあ、騙す方が絶対に悪いし、曾祖父は人が良かったのだと思います!
祖母には、歳の離れた弟・Tが一人居て、自分の子どものように猫かわいがりでした。
私は、その大叔父にも本当にかわいがってもらい、先日はお墓参りも行くことができました
祖母は7人兄弟だったと聞いたことがあったのですが、
私はTおじさんのことしか知りませんでした。
いざ戸籍を取ってみたら、Tおじさんは5男2女の末っ子。
祖母の上に長兄が居て、下に弟4人と妹1人が居たとは!
二男もすぐに養子に出されていたり、三男と二女は生まれて間もなく亡くなっていたり…。
亡くなるのは仕方ないとしても、どうして養子に出してしまったのか。
今となっては全く分かりません。
さらに、長男が25歳の若さで、四男も40代後半で亡くなっていました。
だから、姉と弟の二人だけになっていたんですね。
長男は、戦地から傷病兵として復員でもして、そのまま悪くなってしまったのか…?
四男は地元を離れて、私達からしたら馴染みのない都市で、
突然に亡くなった感じが受け取れました。
この人達が長生きしてくれていたら、祖母や大叔父の人生も違ったんだろうな〜と、
私の人生にも何か影響を及ぼしたはずだと思います
Tおじさんが亡くなった後、その息子も50歳くらいで突然亡くなりました。
娘さんは嫁いでしまって、今ではおばさん(Tおじさんの妻)が残っているだけです。
誰も、子どもに恵まれなかったわけじゃないのに、跡を取る人が誰も居なくなってしまって…。
いや、このK家に限らず、うちの本家も同じような状況になっています。
自分の家もそうですね…。
A家の方も。
また不都合な真実が見えてしまって
曾祖母の兄・H太郎がおそらく奔放な人だったのだと思われます
誰にでも失敗はあると思いつつも、バツ2って…
子ども達の親権は全部奥さんに取られてしまって、最後は誰一人 家に残らず。
高祖父母とともにお墓に入っていて、そのお墓を新しくして継いでるのがウチ…
この間、誰だか分かったのがこの人達でした
亡くなった後まで、とやかく言うことではないのでしょうが、
世間体みたいなことにうるさかった祖母からしても、困った伯父さんだったでしょうねぇ。
今 同じお墓に眠っていますよー
H太郎おじさんも、まさか妹の曾孫に暴かれるなんて思ってみなかったでしょうね