大橋弘道、7年前。他界した。
オイラが中国にいたとき、一度倒れ、陶芸習いに来てるおばさんに助けられたり、オイラが帰ってきてすぐ、風呂で倒れ。そのまま入院した。
脳に腫瘍が出来、それから歩けなくなり、みるみる弱っていた。
自分が子供の時は、父の強靭さと、何時も正論で子供をはめ込む、雰囲気に、逆らいようはなかった。
社会からは人格者と認められる陶芸家。
オイラはこの常識に反発して育った。全てに疑問をもち、自分で答えを探す。
作品においても常に相反し、オイラの渾身の作品もゴミ扱い、、大人になってから何度も大喧嘩をしたか、今思えば、理解も出来たり、未だにわからんこともある。
今はオイラが父として、子供と対立している、それは、別にオイラに正論があるわけではなく、ただ腹が立つ事がよくあるだけだ。別に、細かいことはどうでもいい、ただ、これが本能というか、生理的に、自己確立が出来てきた子供を巣から追い出したくなる時期になったのだろう。みうのはその時期が早く来すぎた気もするが。

力丸も、早く大人になってしまった。かじらせるスネもないので、そこは、早めでも自由にすればいい、、、

父と、唯一気があったのは、子供、孫に対する考えだった気がする、好きな事を勝手にやらせればいいという。

父も、芸術至上主義な、商売っ気が無い人で、
オイラの方が商売というかプロデュース力はあると思われる。
東山に明けの方窯を三十五年前に築窯し、
作陶していた。
作品を気に入った顧客にしか売る気は無かったし、宣伝する気もなかった、

まー、そのおかげで、オイラは貧乏暮し、徐々に改善したいものだね