はじめまして
OYAKATAの妻です
いつも夫のブログを読んでいただき
そして暖かいメッセージを送っていただき
本当にありがとうございます
長い間更新せずに申し訳ありませんでした
夫は
3月22日 午前 永眠しました
2月26日肺炎で入院 移植後の感染症です
発熱も無く、咳も出ず・・・
でも元気がありませんでした
入院した時は治ると思っていたのに
呼吸がどんどん浅くなり、クリーンルームで
時々使用していた酸素マスクを付けていないと
苦しくて話もできません
3月1日 仕事中の私の携帯に
主治医から連絡が入りました
今後の治療について話がしたい
できれば早く来てほしいと・・・
早退し病院へ
いつもなら二人でカンファレンスを
受けるのに一人で先生のお話を聞きました
肺炎の治療をするためにも
なるべく肺に負担をかけたくないこと
そのためにはICUに入り機械で呼吸を
コントロールしながら治療に専念させたい
白血病の辛い時期を含めても
今までで一番悪い状態だと聞き
涙が止まりませんでした・・・
人工呼吸器をつなぐということは麻酔で眠らされ
会話が一切できなくなることです
そのことがなかなか受け入れられませんでしたが
治療をするために、治る可能性にかけて
承諾しました
落ち着いてから先生と一緒に病室へ
私がいつもよりずっと早い時間に来たことに
何か感じたのかもしれません
「先生に厳しいこといわれたの?」
「これからの治療のことを聞いたんだよ
ちゃんとわかったから大丈夫!」
これが最後にかわした言葉でした
先生が説明をしている最中に
突然呼吸不全をおこし、担当スタッフ総出で
処置をはじめました
リュックみたいなのをもって、救命の先生も
走って来ました
私は外に出されただただ涙を流していました
そのままICUへ入ることになり処置を済ませた
夫に会いました
もう麻酔で眠り 人工呼吸器につながれ
たくさんのチューブがついていました
仕事帰りに毎日病院へ
ICUは面会時間が厳しく決められています
会える時間にできる限りいて 大好きな
ショパンを流しながら夫に話しかけていました
いつまでこのままなんだろう
話はいつできるんだろう
なんで肺炎になったんだろう
パパはなにを思っているんだろう
そんなことばかり考えていました
3月16日
先生から
このままの状態が続いたらあと1カ月・・・
でもいつ急変してもおかしくない状況です
と宣告されました
3月20日
祝日でしたが遅番の仕事で
面会時間に会いに行けないため
朝、パジャマを届けに病院へ
その間に自宅に先生から連絡が入っていたようです
娘と先生から携帯に何回も着信が・・・
自転車に乗っていると気がつかないんです
何も知らずにICUの看護師さんに
パジャマを渡していたら先生からお話が!と
別の看護師さんがあわてて出てきました
今朝の数値が急に落ちました
ここ2~3日が非常に厳しいでしょう
ご両親と明日約束していましたが
今日来ていただいたほうが・・・と
この日の夜から私がICUの家族室に泊まり
面会時間(1日 3回)に娘と両親が会いに来ました
最後の最後まで頑張ってくれました
この数値でここまで・・・と先生も驚いていました
悔しさなのか
私たちの気持ちが準備できるまで待っていてくれたのか
それはわかりませんが
夫の強い気持ちが伝わってきました
最後はやすらかに いつもの優しい顔で
眠りにつきました
どうもありがとう 私たちは大丈夫 見守っていてね
と伝えました
病気になって確かに辛いことの方が
断然多かった・・・
その代わりに気がついたこともありました
それは私にとって大切な宝物です
今でも仕事終わりに自転車に乗ると
なぜか涙がでてきます
病院にも家にもいない・・・ただただ寂しい
それだけです
でも私たちは夫の遺志を継いで生きていきます
夫は闘病中 皆様のメッセージに
何度も助けていただきました
夫に代わってお礼申し上げます
本当にありがとうございました
そして私たちも応援しています!
(長文で申し訳ありませんでした)

