空に手が届くまで

02 音楽室の音



数日後、放課後。

チャイムが鳴り響く。
夕日が差して、教室が染まる。

「そらちゃん、あたし今日用事あるから。
先帰っててほしいなっ」

顔の前でごめん、と手を合わせる夏子ちゃん。

「あたしも呼び出し食らってるから、またあしたねー」

そうして二人は別れて、そらは音楽室に向かう。

音楽の先生に気に入られて、吹奏楽部とアンサンブルを頼まれたのだ。
なんだか照れ臭いけど、嬉しい。でもそうなると、入部だろうか。


「失礼します」

戸を開けると、大きなグランドピアノが夕日を浴びて座っていた。
その足元に椅子と楽譜と――、サックス…?


よくわからないけど、ピアノの前に座って、音をたたく。
きれいに調律されている。

他に誰もいない。
気分がよくなって、弾き続けた。
歌う…。

ピアノが歌う。
そらも気づけば歌っている。

少し空いた窓から
風が流れてくる。


「ああ、浅井さん」

野々村(ノノムラ)先生だ。
声と共に歌をやめる。

「そのピアノ僕が調律したんだよ」
「へぇ、先生調律できるんですか!」

驚いて見せると、先生は黒縁の眼鏡を直して、目をそらす。
黒縁眼鏡、黒髪、黒のベストが気品を感じさせる。
でも顔立ちは、高校生でもおかしくない。

「まあ、ね…。そうだ、アンサンブルのことだけど」


ふわっと笑って、そらの近くに椅子を持ってきた。

犬みたい…


「僕が1年で目をつけてるのが、君のピアノと、こいつ」

言いながら金色に眩しく光るサックスを指差す。

「僕が顧問をしてる吹奏楽部に入ってもらうのが一番だけど、こいつにはフラれちゃったよ。
浅井さんどう?」

苦笑いしながらこちらに顔を向けてきた。

あたしは弾き語りが好き。
管楽器も面白そうだけど
「ごめんなさい…。あたしピアノが好きなんで」

ばつが悪そうに顔を背ける。
失礼だな…。

「なんかそうだろうと思った。
だからさ、アンサンブルには参加してほしいな。定期的でいいから」

「え…いいんですか?」

「君の才能を見るためにも、こっちもいろいろあるから」


それって、卒業式で伴奏任されるとか、そんな感じだよね。

頼まれたときに協力する、
「嬉しいです。ありがとうございます!」


それから野々村先生と色んな話をして、
サックスのことを聞き出す間もなくて、
そらは帰路についた。
空に手が届くまで

01 空とそら


可愛い制服来て
チェックのスカート巻いて
茶髪の髪をコテで巻いて
ちょっとだけ化粧して

「やっばい、可愛い…」

今日から高校生になるあたし、浅井 そら(アサイ ソラ)。
制服目当てで入ったけど…。
やっぱりここの制服可愛い。


クラスは…、3組かあ。

「そらちゃん!私も3組だよ~」

そう言って駆け寄ってきたのは
入学式で友達になった西谷 夏子(ニシダ ナツコ)ちゃん。

黒髪の前下がりボブが似合ってて可愛い子。

「え!まじで?やったー!!」


よろしくね~なんて言いながら教室に入ろうとしたとき、

「お前、入学早々ふざけてんのか!」


生活指導の先生の罵声。
やだなー、あたしの髪も言われるかな…

と思って、ふと罵声を浴びてる生徒を見た。


き、金髪!!
なにあいつ――…あれ、かっこいいぞ?

外国人みたいに切れた目、白い肌、
よくみると瞳の色素うっすい。

ちょっと長めの金髪もなんだか似合ってる。


「先生、俺の母親がフランス人だって、何度言ったらわかるんですか」

「ならどうして入学式は茶髪だったんだ!!」

「え?ああ、あれウィッグですよ。知ってますかウィッグって」


うわー完全になめてる。

「ねえそらちゃん、あいつ私らのクラスだよ…」

「げっ…ほんと?やだ…ね」



その完全になめてる男子生徒は
先生の胸ぐらを掴んだ。

「や…やばくない?」


それから何か耳元で囁いて
教室に入っていった。

先生もあたしたちも呆然…。




「はーい席つけー」

若いのに髭のせいで老けて見える新木(アラキ)先生。
怒ったら怖そうだなー。


「皆初対面が多いだろうから、軽く自己紹介してってー」

「1番、浅井から」

え、めんどくさ…。

「浅井そらです。よろし「趣味ぐらい言えよ」

は?なにそのフリ。

「趣味は…歌とピアノです」

「はいよろしい。よろしくなー」


と言って拍手。
なんだこの適当な感じ。


「はいつぎー」


こうして自己紹介していって、あの金髪の番がきた。

「宮部 空(ミヤベ ソラ)。趣味はない」

え?

「趣味考える時間あっただろ~。ないのかよー。
ソラ違いでこんなに格差だな」

先生が言うと、今まで宮部空をみていた生徒が、一斉にあたしを見る。

彼も空って言うんだ。


と、彼がこっちに笑いかけてきた。

「キャー!!」
とクラス女子。

なにそれ、王子様スマイル?




それから昼休み、夏子ちゃんが
「宮部くん、そらちゃんとお似合いだね」
とか言い出した。
だから吹き出してしまった。

「えぇ!?」

「名前もだけど、そらちゃん美人だし、宮部くんも美男子だし~」
「あたし美人じゃないし、化粧だし」

「浅井さん」


必死の弁解を遮ったのは、噂の宮部空。


「名前おんなじだね。よろしくね。」

「よ…よろ「って意味で笑いかけたのに無視なわけ?喧嘩売ってるねー」


え…伝わんないし。


すると宮部空は、たこさんウインナーを持ってる私の手を引っ張って、あたしの耳元に顔を持ってきた。

「覚悟しとけよ♪」
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空に手が届くまで
 
00 空、見上げて
 
 
 
 
ふと空を見た。
 
青空だった。
 
・・・いや、ふと、という表現は違う。
瞳から涙を溢さないように
青空を見ている。
 
 
 
あたしの足は動かない。
 
 
「また泣いてんの?」
 
彼がからかってきたから
首を振った。
そして睨んでやった。
 
彼は笑ってる。
 
 
 
あたしの声は出ない。
 
 
もう、届かないかもしれない。
 
でも彼は信じてくれている。
 
 
もうすこし、頑張りたい。
 
 
頑張ろう。
ね、空。