話しは少しそれるのだが、仕事をしていても、あまり苛立ったりせず、いつも同じペースで仕事している人もいる。
私はそういう人を見て「呑気な人だな」とおもっていた。またさらにそれを見て苛立っていた事もある。

私は敵意のある人には敵意を示し、他人を敵か味方かに分けて、威嚇しながら生きてきた感じがします。
特に社会人になってからは。

負けたくなくて、強い自分でありたくて、でも裏切られたり、傷ついたりする事が多くて、辛くて辛くて辛くて…
強い自分になったつもりだったけれども、結局これも他人と自分の境がわからなくなった結果なのかもと思いました。

他人は他人なのだから、他人のする事やる事言う事に過度に敏感にならず、自分には自分でしか責任取れない分、沢山成長していけるよう努力もできる。

タイトルにもある通り。ゆるい雰囲気を出せる人は色々な事を含め「許して」いるのかも。
それは「緩い」わけではなく「許い」のかもしれない。

それは妥協とか怠慢とかではなく、自分と他人の見分けがきちんとできた大人のする事なのかなと思った。

他人のする事にいちいちカリカリしているようじゃまだお子様だったんだな。

また、こう思うのも、誰かを許せない恨みの末、許す事ができたから意味があったのだと思う。

こういう強い怒りや痛みから目を逸らしてから来る「許し」ではない。
だからこそ意味があったのかなと思った。

今回のこの件で、私自身大きく成長できた気がする。

夫も子供も父も母も姉も祖母も祖父も同僚も友達も、みーんな別の人間なのだ。

思い通りになろうなんてそんな傲慢な事考えてはいけない。

これを思ってからは少し夫に優しくなれた気がする。

本当の意味での「許し」が出来た気がする。

とても大切なおもいだったので、ここに備忘録として書き記しておきます。