私は2025年7月に高血圧が起因の右被殻出血を起こしました。
急性期病院では意識が朦朧としていて、家族には万が一の最悪の場合の説明もされていた。
回復期病院では転院直後から最初のうちの記憶(1〜2ヶ月くらいの間)がほとんど抜けている。
目は覚めていて自分でも意識ははっきりしているのに家族に聞いても辻褄が合わない事が沢山😱記憶が違っている。
夜中幽霊を見たとか、救急車で運ばれた時に野次馬が沢山いたのウザかったよね‼️とか(実際は誰も居なかった。)そんなことばっかりマシンガンのようにベラベラ言っていたらしい💦
スマホでLINEをするようになってからも誤字だらけでかなり家族が困っているのをあとで見返して知った😰夏には花火大会なんてやっていないのに、花火の音が聞こえたよ!とか見えないものが見えて聞こえない音が聞こえていたらしい😭家族のグループラインで皆に『花火大会はまだです。』とか『無理して文字打たなくて大丈夫です。』とか冷静に言われているのをあとで見て笑いました🤣笑 自分では笑ってしまうけど、当時の家族は笑い事じゃなくてそれはそれは心配しただろうなと思う...。
左側の空間無視もあって、左側から話しかけられるとどこに人がいるのか全然分からなくて看護師さんがいつも『ここですよー!○○さん!』とか言っていた💦車椅子で移動できるようになってからもセラピストさんの足を轢いたり、廊下やエレベーターの左側にガンガン当てていた。
あとは感情が溢れ過ぎてしまって毎回家族が面会から帰る時には泣いていたらしい😭元々泣き虫なので病気の影響なのかは判断しづらい💦
面会の予定を立てるためにスケジュール表を見せて欲しいと家族にLINEでお願いされているのに自分が送っていたのはスケジュール表の写真ではなく天井の病室の写真だったり、自撮りの顔💦笑 ダメだ。これはヤバいかもしれない。と思わせてしまっていたらしい...😭今だから笑える事ばかり。
点滴やお小水や酸素チューブや心電図などなど身体中管まみれで、オムツもリハビリ以外はガチのやつでリハビリ中だけはリハビリパンツを履いていた。
身体を自分の意思で動かせないから夜中にベッドから左足が落ちてしまっても自分で直せなくて夜中の4時に家族に『エマージェンシー!助けてください!』とかお願いしていたらしい。いい迷惑です。
それに体重は110kgもあって、看護師さん2人(多い時は3人)がいつも介助についていてリハビリもPTやOTだけじゃなかなかわたしを動かす事が出来なくて最初はいつもPTOTがセットでついていた。
こんな感じで意識もはっきりしていない、妄想だらけ管だらけの状態でしばらくは記憶のない入院生活を送っていました。
担当医師の話では退院時には杖は必要であれ自分の力で歩いて帰れるようにしてあげたいし、出来るはずとの事だった。私は『絶対に無理だ。』と思ったし、担当PTもあとから聞いたら
『先生は歩いて帰れるように計画を立ててたけど、正直に言ったら絶対に無理だろうな。』と思っていたらしい。
これは決して私が大変だったアピールをしたいのでは無く、こんな絶望的な状況からでも病院のスタッフの皆さんや家族のおかげとほんのちょっとの自分の努力でここまではなんとか回復をして退院出来たという事実を書きたくて。人によって後遺症も全く違うし、出血や梗塞の範囲もバラバラだからあんまり意味が無いかもしれないし無責任に皆んな絶対に良くなりますよ!なんて決して言えないのですが、今も病院であまりよく分からない状態で戦っている不安で仕方ない当事者さんやそのご家族の心配で仕方ない気持ちが少しでも楽になる事を願って。転院時には高次脳障害も判定されてたけれど退院時には記憶力、注意力も問題なしのお墨付きを貰えた。