ブログで色々吐き出そうと思ったのですが、結局言い回しが気になってあまりストレス解消できませんね
タイトルには広い定義になってますが、前回の車椅子からの続き…というより車椅子の記事を書いていて思い出した過去の内容になります。
職場に障碍者雇用で来られた方がおりました。
中途で来られたため、歳は30近くで入社したみたいで一緒の部署になった時には35くらいだったと思います。
後天的な障碍であり、受け答えはしっかりしていましたので最初は期待もしていたことを覚えています。
本当に最初は期待していました。
あれ?っと気がついたのはひと月も立たないころですが、私の事務量が減っていかないことがわかってきました。
でもまぁ1ヶ月だし、そんなもんかと思いふた月目。
事務が進んでなくね?
先月伝えたこと覚えてない?
てか見てる画面ネットサイトじゃね?
なぜ私は忙しいのか。なぜ隣は悠長に駄弁り、また堂々と業務に関係ないWEBサイトを見ているのか。
なぜ、なぜと色々なことが頭を回りましたが、自身がそれどころではなく3ヶ月からはあまり見てなかったのが今後にも響いたとも思います。
私は出勤に差し支えが出るレベルでプライベートでも色々な事があり、業務日数が減っていました。
(欠勤してたわけではないです。)
記憶にあるのは、相変わらず1ヶ月目と同じ質問を繰り返してくる隣人の姿と疲れていく同僚の姿です。
その時の部署の仕事とは、物品の管理、他部署との調整、一般事務が主な仕事内容でした。
上記を読んでいただき無茶な要求をしてたのだろうと思われた方もいると思いますが、基本こんな感じです。
それでは3ヶ月時点の結果を見てみますと
物品の管理→在庫の状況をみない。追加発注をお願いしてもできない。
他部署との調整→勝手に判断して間違える。依頼した社員がわからない。人の名前を間違える。
一般事務→1ヶ月たたない内に脳内リセット
初歩的なシステム操作を忘れる
といった惨状。
これが採用してすぐならまだわかる部分もありますが、入社からすでに3年が経過している社員という事実が重くのしかかります。
さらにこのころだったと思いますが、物品発注でのミスを責任転嫁して来たことからもう頼むのを早々に辞めました。
私はあくまで同僚であり上司でもありません。育たないものに力を割くのは無駄としか思えませんでした。(頭を使う事務は全てこちらで引き受けていたのでルーチンの業務はクリアして貰いたかった)
私は諦めましたが、上司は秋くらいまで根気よく指導を続けていましたので流石だなと思いましたよ。
結局同じ内容について毎月聞かれること9ヶ月。
やっと冬を迎え事務を1つクリアできるようになりました。もう諦めの境地にはたどり着いていたので、ラストスパートで3ヶ月頑張りました。
最後までメール処理すら満足にできない姿にはもはや感嘆しましたが。
翌年には異動で別の社員が来てくれ、上記の内容について1ヶ月で覚えてくれたことにより1年間のモヤモヤが燻ったりしましたが、無事私の近くから離れていってホッとした記憶があります。
ここからが本題です。
ここでは特定の方について述べています。
全体を指す内容ではありません。
まぁ長々と思い出を綴り、何を言いたかったかというと、私が今まで関わった障碍者の方は基本的に傍若無人な方ばかりでした。
あくまで私の感想ですが、学生時代にいた障碍者の生徒、社会人になって出会った人、TVで大きく取り上げられる人など、どれも個性が強いです。
先天的、後天的な違いはあれど同じ方向に落ち着いていく気がします。
その中でも社会人になって出会ったケースが1番衝撃的でした。
学生時代は年齢という未熟さで理解できますし、TVに出ている人はエンターテイメントとして役割を負っていると自己解釈できるからです。
障碍を負ったため、周りがお膳立てしてくれる状況になったためか異常に腰が重くなったのでしょうか?
障碍者年金が出るため仕事に真剣味がなくなったのでしょうか?
後遺症で痛みがあり集中できないのでしょうか?
どんな事情であれ、1人役として配属されているのでそれなりの努力は見せてもらいたかったです。
世の中には仕事のできる・仕事をしたい障碍者の方も多くいると思います。
私はやる気のある人、努力する人が報われる雇用体制を構築が望ましいです。
普段からやる気の無い私でも最低限頑張るようにはしているので私程度は越えて貰いたいですね。
以上