半導体、アビガン……新型コロナ経済対策の裏で安全保障の米中激突 | [七]「百八つ」では、ぽーポォ〜したりない、

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https://business.nikkei.com/atcl/seminar/19/00133/00033/




特集

細川昌彦の「深層・世界のパワーゲーム」
半導体、アビガン……新型コロナ経済対策の裏で安全保障の米中激突

細川 昌彦
中部大学特任教授(元・経済産業省中部経済産業局長)
2020年4月10日
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 新型コロナウイルスの感染拡大を受けて、半導体技術や医療分野における安全保障を巡り米中の対立が激しさを増している(写真:代表撮影/picture alliance/アフロ)
 新型コロナウイルスの感染拡大による深刻な経済的打撃を受けて、各国で巨額の経済対策が打ち出されている。その中で生活支援や失業対策ばかりが注目されるが、見逃してはならない動きがある。3月下旬、欧米各国では「対内投資規制の強化」と「国家ファンドの設立」という、企業の買収防衛策が相次いで発表された。「コロナ・ショック」による株価急落によって、重要企業が外国企業に買収されるリスクを警戒したものだ。特に中国系ファンドへの警戒が高まっている。

 対内投資規制の強化については、欧州委員会が加盟国に対して強化を要請し、オーストラリアも緊急に強化した。

 注目すべきはドイツ、米国による国家ファンドの設立だ。いずれもこれまでの厳格な対内投資規制に加え、自国の重要企業が買収されるのを阻止するために国家ファンドを活用しようとしている。

欧米各国で相次ぐ重要企業の買収防衛策
 例えば、ドイツは約72兆円の経済安定化基金を設立した。そのうち約12兆円は重要技術や重要インフラの関連企業を守るために特定企業の資本増強に使われる。

 これは大企業のみならず、重要技術に関わる成長段階のスタートアップ企業も対象としている。ワクチンを開発する医薬品企業なども念頭にあるようだ。

 米国も為替安定化基金に5000億ドル(約55兆円)を追加して、特定企業に対する支援として米ボーイングの救済のみならず、国家安全保障上重要な産業に対しても出融資する。 

 さらに注目すべきはトランプ政権が1950年の朝鮮戦争時に制定された国防生産法を持ち出したことである。これは有事に政府が産業界を直接的に統制できる権限を付与するものだ。これを使って米ゼネラル・モーターズに人工呼吸器の製造命令を出したことは報道されている。

 しかし、国防生産法を活用できるのは、実は人工呼吸器の製造命令だけではない。あまり知られてはいないが、この法律に基づく国防生産基金を活用して、国家安全保障上重要な産業の設備を政府が購入して、民間企業にリースして生産させることができるのだ。

 例えば半導体産業などでの活用があり得る。

新型コロナで勃発、半導体を巡る米中ファンド合戦
 半導体産業は米中の技術覇権争いの主戦場だ(参照:新型肺炎から垣間見えた、対中半導体ビジネスの危うさ)。中国は、対米依存を脱却するために自給率7割を目標に半導体産業育成に躍起になっている。第1期は2兆円の基金で半導体チップに投資し、第2期は3.2兆円の基金で半導体製造装置に投資するための巨大な国家ファンドを設けた。新型コロナの感染で封鎖された武漢はその戦略的な生産拠点で、封鎖中もこの半導体工場だけは操業を続けられた。

 こうした中国の動きに米国も危機感を抱き、国防権限法2020でも半導体産業を対中戦略の要と位置付けている。そうした米中の綱引きの焦点が台湾の半導体受託生産企業であるTSMCだ。最先端の半導体の生産技術を有し、米国のクアルコム、中国のファーウェイ双方から生産を受託している。このTSMCを巡っては、米中それぞれが自国に工場建設をさせて自陣に取り込もうと躍起になっていた。

 最近、米国に最先端工場を建設する予定であることが報じられた。今後、米国は前述の国防生産基金を活用して、半導体製造用の設備をTSMCに使用させることもあり得るだろう。

アビガンの原料も中国製、「医療の安全保障」も焦点に
 もう1つ注目すべきは医療分野が外交・安全保障の焦点になっていることだ。

 欧米各国では人工呼吸器など医療機器の供給拡大に向けた増産を異業種も含めた製造業全体の総力戦で取り組んでいる。マスクの確保のために必死に囲い込みも行われた。

 他方、中国は新型コロナの初期段階の対応に対する国際的な批判を避けて反転攻勢に出た。「健康の一帯一路」と称して、イタリアなどへの医療チームの派遣、マスク外交の背局的な展開をしていることは報道されているとおりだ。

 また3月、新華社の社説では「中国は医薬品を輸出規制することができる。そうすると米国は新型コロナウイルスの大海に沈むだろう」とあからさまな恫喝(どうかつ)のメッセージを発している。

 まさに今回の新型コロナで中国が米国に対して、レアアースとともに医薬品という2大武器を持っていると宣言したのだ。

 日本も他人事ではない。医薬品の原料になる原体は中国など海外に依存しており、さらに遡った出発原料はほとんどが中国で生産されている。特にペニシリンなどの重要な抗菌薬の原料が中国に依存していることに、危機感を持たなければならない。薬価が抑えられて、製薬会社が低価格の原料に依存する構造が定着してしまった。新型コロナの治療薬として注目されているアビガンについても、その原料は中国からの輸入に頼っている。今後増産しようとしているが、国内で原料生産することが重要だ。

 これまで医薬品や医療機器について中国依存のリスクを考えずに、低コストだけを追求してきた。新型コロナは「医療の安全保障」の重要性を気づかせた大きなきっかけと言える。今後、安全保障の視点での産業政策が医療の分野でも必要だ。

目先の対処に終始する、日本の緊急経済対策
 翻って日本はどうか。先日、緊急経済対策が発表された。

 焦点は中小企業の当面の資金繰り対策と生活支援の現金給付だ。もちろんこれは急を要する。しかし目先の問題にしか目が行かないのは問題だ。株価急落の結果、安全保障に関わる日本企業も体力も確実に弱まり、企業買収の格好のターゲットとなる危険な状況にある。

 さらにサプライチェーンの国内への生産回帰を支援することとなった。中国依存リスクを減らすことは重要だ(参照:新型コロナで日本を襲うサプライチェーン危機、中国リスクとは?)。

 しかし産業を限定せず、医薬品や半導体といった戦略的な産業に焦点を当てたものではない。しかも補助金、税の優遇といった旧来型の企業誘致策だけだ。もちろん、ないよりはあった方がいいが、これでは残念ながら限界がある。

 例えば、半導体生産については前述のように米中それぞれが国策ファンドを活用して自国に囲い込もうと躍起になっている。そうした中で日本はどう向き合うべきなのか。

 半導体産業は半導体、部材、製造装置といった様々な産業によるエコシステムとして成り立っている。日本の強みは部材メーカーと製造装置メーカーだ。これらの産業の技術流出を防ぎながら、次世代の半導体の技術開発を国策として進めるなど、エコシステム全体の戦略と強力な政策が必要だ。

 我々はすでに液晶パネルなどで苦い経験を繰り返している。

 半導体産業がこうした中国の巨大市場の磁力に抗することができるか正念場にある。旧来型の補助金政策だけでは向き合えないのは明らかだ。

 今回の緊急経済対策には、需要が急減した航空会社に対する資金繰り支援のために出融資も盛り込まれている。しかしたかだか1000億円規模では意味がない。

 諸外国の動きを見据えて、安全保障に視点に立って対象産業も資金規模も戦略的に考えるべきだ。大企業救済となると、お決まりのパターンで反発が出てくることが予想される。また国家ファンドというと、これまでの失敗例が思い浮かぶ。よほどこれまでの反省を踏まえた対応が必要だろう。しかし経済と安全保障が一体化した新たな動きに対応しなければならないのも事実だ。

経済と安保が一体化した“アフター・コロナ”時代への備えは急務
 アフター・コロナ”の時代は、米中技術覇権争いが激化する中で、世界は経済と安全保障が一体化していった。そうした流れを新型コロナが加速している。その結果訪れる“アフター・コロナ”の時代にどう向き合うのか。欧米各国は安全保障上重要な産業を自国内に確保することに躍起となっている。日本も足元の問題だけに終始せず、こうした動きにもっと危機感を持つべきだ。

 昨年秋の外為法の改正よる対内投資規制の強化でやっと欧米並みにキャッチアップしたのはよかったが、それだけでは不十分だ。日本も早急に国家ファンドを創設して戦略的に取り組むべきだ。

 今月、内閣の国家安全保障局に経済安全保障の司令塔になる「経済班」が設置され、スタートした。こうした問題も経済分野の国家安全保障として重要な任務ではないだろうか。