5
やるべきことをやるべき時に、もしくはやれる時に敢えてやらない人間がまともな大人になれるとは思わない。
現に、ぼくはおそらくまともな大人にはなれないだろうと思う。 若いうちからいろいろなことを悟った気になって知識をひけらかし、頭を使わない。
そう。 繋げてるだけなのだ。 どこかで 聞いた話、本で印象に残った一節。 メタファー。 抽象的。
勉強なんかがそうである。 学校で習う事柄はたいていにおいて役に立つとは言い難い。 教師にもよるだろう。 が。
知識を得て損はあまりない。 得た知識は自らの心を団子のように串刺しにするかもしれない。 だが、たいていにおいてそれは知らねばならぬ事である。
やるべき事。 無論、強制はされない。 シュッドゥであってマストではない。 が、あるいは後者は前より大事であるのかもしれない。
そこに自らの、まさに自らの意思が介入しなければやや始まりがたいからである。
いわゆる「ガキ」を否定する気はない。 大人になることが子供でありつづけることよりも大事なのかも分からない。 むしろ後者のほうが難しい。 ずっと難しい。
あるいは、敷かれたレールの上をあるいていればなれる大人、こんなものにあまり価値はないのかもしれない。
しかし、やはり一般論ではやるべきことをやらぬ人間はおちこぼれである。
現に、ぼくはおそらくまともな大人にはなれないだろうと思う。 若いうちからいろいろなことを悟った気になって知識をひけらかし、頭を使わない。
そう。 繋げてるだけなのだ。 どこかで 聞いた話、本で印象に残った一節。 メタファー。 抽象的。
勉強なんかがそうである。 学校で習う事柄はたいていにおいて役に立つとは言い難い。 教師にもよるだろう。 が。
知識を得て損はあまりない。 得た知識は自らの心を団子のように串刺しにするかもしれない。 だが、たいていにおいてそれは知らねばならぬ事である。
やるべき事。 無論、強制はされない。 シュッドゥであってマストではない。 が、あるいは後者は前より大事であるのかもしれない。
そこに自らの、まさに自らの意思が介入しなければやや始まりがたいからである。
いわゆる「ガキ」を否定する気はない。 大人になることが子供でありつづけることよりも大事なのかも分からない。 むしろ後者のほうが難しい。 ずっと難しい。
あるいは、敷かれたレールの上をあるいていればなれる大人、こんなものにあまり価値はないのかもしれない。
しかし、やはり一般論ではやるべきことをやらぬ人間はおちこぼれである。
4
喧嘩を好まない。
原因は単純に僕が極度の負けず嫌いだからである。
説明したい。
喧嘩は片方が他方を攻撃、すなわち批判することで始まる。
相手を批判するということは、相手のある部分を否定することにつながる。 熱が入ってしまったらなおさらであろう。
ある部分はあるいは自分の方が勝っているかもしれない。 が、相手も黙っていない。
相手は必ず己にあって相手にないものを見つけ出す。
その繰り返しで、あまり好きな言い方ではないが、人間として勝っているほうが喧嘩を制する。 中には暴力にものを言わせる輩もいる。
優劣はつくかもしれない。 が、2人人間がいて、片方が完全に他方に勝るということはほぼありえない。
相手の得意分野で勝負されたら負ける。 負ける? 負けたくはない。
人を批判するということ。 これはなかなか難しいことである。 いつまでも相手が同じ土俵にいるとは限らないのである。
原因は単純に僕が極度の負けず嫌いだからである。
説明したい。
喧嘩は片方が他方を攻撃、すなわち批判することで始まる。
相手を批判するということは、相手のある部分を否定することにつながる。 熱が入ってしまったらなおさらであろう。
ある部分はあるいは自分の方が勝っているかもしれない。 が、相手も黙っていない。
相手は必ず己にあって相手にないものを見つけ出す。
その繰り返しで、あまり好きな言い方ではないが、人間として勝っているほうが喧嘩を制する。 中には暴力にものを言わせる輩もいる。
優劣はつくかもしれない。 が、2人人間がいて、片方が完全に他方に勝るということはほぼありえない。
相手の得意分野で勝負されたら負ける。 負ける? 負けたくはない。
人を批判するということ。 これはなかなか難しいことである。 いつまでも相手が同じ土俵にいるとは限らないのである。
3.5
売れる音楽は、恋愛である。 これを知らねば、音楽界では通用しない。
この手の音楽はだいたい安定したファンがつく。 要は歌詞が視聴者の体験と類似していればOKなのだ。
風刺は影を潜める。
アンチが多く、あまりにも強烈なものはテレビが御免である。 反面、熱狂的なファンがつくなら、こちらであろう。
時は流れる。 考えるにクラシックは100年後にも残るはずだ。 しかし今あげた二つは懐メロとして時々思い出してもらえる程度であろう。
無常。 ならば、自分が言いたいことは言ってしまう、というのもあるいは合理的な事なのかもしれない。
この手の音楽はだいたい安定したファンがつく。 要は歌詞が視聴者の体験と類似していればOKなのだ。
風刺は影を潜める。
アンチが多く、あまりにも強烈なものはテレビが御免である。 反面、熱狂的なファンがつくなら、こちらであろう。
時は流れる。 考えるにクラシックは100年後にも残るはずだ。 しかし今あげた二つは懐メロとして時々思い出してもらえる程度であろう。
無常。 ならば、自分が言いたいことは言ってしまう、というのもあるいは合理的な事なのかもしれない。
