あとは5日で受験になります


とても緊張している


大学よ受かれ
受験票無事に届いきました
今日は東條英機について書きます


東條英機は戦中、東條内閣や戦後、東京裁判で死刑になったなど歴史の教科書にのる人物です


私達は彼をものすごく批判的に(悪い奴だと)教えられたり、思ったりなど大半の人はそうだと自分は思っている


実際自分もそうだた


彼は軍人の父と能楽者の祖父いる家に生まれた


彼は学校の成績はあまり良くなかったらしい、しかしあるとき教科書とかをまるおぼえしたら成績がグンと上がったそうだ(名付けて東條流)


(勉強方法にこまったらやくにたちそう)


この方法は家族の名前などを覚えるのに使ったそうだ


そして彼は陸軍大学校(今でも言う防衛大学みたいなとこ)を卒業し、エリート街道を歩み続けました


東條が大佐としてと旅団長だかになったとき彼は部下の名前を東條流で全て暗記していたようだ


また怪我をしたり病気になったりしたときわざわざ車に乗せて病院に連れてったり


除隊した部下の就職の面倒を見たりなどをしていたそうです


(東條曰わく部下の両親から預かった子を大切にしなければいけないと部下とは我が子同然にせづしていたそうだ、それでか部下からオヤジと呼ばれていたようだ)


数年後、彼は天皇の命で首相になった(彼は天皇に忠誠心があた多分)


彼は天皇が戦争遂行を望んでいないことを知るが国民や軍部は戦争に戦勝気分でやれやれ状態でここで遂行か和平かの帰路ができ、結果アメリカの最期通告ハルノートで後戻りが出来ないことを知り米英との開戦に踏み切ったのだと推測する


(ハルノートはアメリカが満州の利権を先に日本に取られたための嫌がらせなどの説がある)


戦後、東條は東京裁判でA級戦犯として死刑になった


天皇は東條に対し東條がかわいそうだと言ったそうだ(確証はあまりない)


と東條英機について書いて見たが自分としては東條の知られざる一面を知って今までのイメージとは違うと感じた