耳障りの良い言葉には懐疑的 | 日記

日記

知的な遅れ&自閉症&ADHDの診断が下りている息子を子育て中。

基本的にネガティブなこと、愚痴などしか書いてませんので、悪しからず…。

知的な遅れのある自閉症&ADHD児を育てています。



国は、障害者を地域で生活できるようにしていこうという目標を掲げていますが、

介護が必要なお年寄りの方も、今そんな感じの動きになっていると、医療関係の人から聞きました。


こういう時、私は国の掲げる目標には懐疑的になります。


"女性活躍、女性も輝く社会"というのも、働き手が足りなくなってきてから言い出したことでした。


国が耳障りの良い目標を掲げ始めた時は、

なぜそういうことを言い始めたのか、見極めていかないといけないなと思っています。


本当に国民の、国のためになることをしようとしているのか。


耳障りの良いことだけを言って、

あとは現場に丸投げしようとしてないか。

むしろ、現場には運営資金も中々国からおりないような、ギリギリの状況に追い込んでいってないか…


重度の知的障害や自閉症をお持ちの方とか、地域の中で暮らしていくのはまだまだまだまだ難しいと思います。


でも、親は年老いる。先に逝く。


でも、その当事者の方の居場所が無い。


介護が必要な高齢の方も同じような状況。


受け皿が無い。



となると、国は「地域に戻そう!」と言い出し、

と家族の元に留まらせておく。



家族は年老いて、先に逝くから、どうしたら良いか困っている。


でも、受け皿が無い…



インクルーシブもそうだけど、

国は先に"合理的配慮は義務だよー!"と法律とかさっさと決めちゃって、

あとは現場任せ(まあ、合理的配慮の義務化はありがたいけれども。でも、現場の学校の先生方見てると、全然色々、知識も経験も追いついてない。現場や障害のことをわかってない国が何とかしようとしている風でもない)。


現場が大混乱。

負担大。



いつもこんな印象です。