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モラハラ・言葉の暴力で傷ついた心を癒して、本来の私へ

モラハラで傷ついた心を癒し克服して、ありのままの自分を取り戻した、私の体験や考え方をお話しています。

自分の気持が言えない

こんにちは、岩崎 剛です。

今年も、あと少しで終わりですね。

ブログを始めたのが、3月だからあっという間です。

実は、高校の頃から、20年間日記を付けていました。

さすがに、途中でやめましたが、コツコツ続けるのは得意なようです。^^



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さて、僕は自分の気持や、本音が長年言えずに、小さい時からついこないだまで生きてきました。

これって、なぜだろうと思っていたのですが、先日ちょっとした気づきがありました。



最近母親と話をする時に、感じた事です。

僕が何かを話した時に、母はその話がまだ終わらないうちに、自分の意見や考えを話し始めるのです。

母は、意見を押しつけたりするタイプではないのですが、人の話を聞くのが下手なのか、歳なのか?

父が2年前から、入院しているので、話し相手がいないから、余計そうなのかもしれません。

ただ、何回もそう感じることがあって、これって今に始まった事じゃなくて、昔からそうだったのかも。

記憶をたどって、みました。



僕が、まだ幼稚園の頃の話です。

母は、体が弱い僕のために、お腹が冷えないように、普通の下着の上に、毛糸の下着を履かせてくれてました。

それを見た、同級生にからかわれ、いじめられてしまいました。

家に帰り、当然その話をしたと思うのですが、話を聞いてもらって、気持ちを受け止めてもらった記憶がないのです。

その事を、つい最近母に聞いてみたら、それはお腹を冷やさない為に、履かせた事なのよと、言い訳のような事しか言われなかったのです。

当時、自分の気持を受けとめて、話を聞いてなぐさめてくれていたら傷つかずにすんだんじゃないかな。

その上で、お腹を冷やさない為に履いているんだよ、みんなに、そう言えばいいんだよって、教えてくれれば良かったのに。

そんな事を思いました。


その後、小学校でもいじめを受けた事があり、その時は親には話はしなかったです。

言っても分かってもらえない、そう思ってました。


他にもこういう経験がいろいろあって、それを繰り返して、自分の気持が言えなくなったのかもしれません。


そういう気持を言って受け止めてくれる、経験や学習が出来なかったんでしょうね。



そして、母自身も、親に気持を聞いてもらう経験が少なかったのかもしれませんね。


そんなわけで、気持が言えない、人見知りの自分のお話でした。

でも、今はだいぶ変わりましたよ。^^