ttakycoのブログ

ttakycoのブログ

とりあえず書くことに意義がある。

Amebaでブログを始めよう!
win8.1を使用してる人から無線LANが切れまくって仕事にならないとクレームはいった。
せっかく買った、バッファローさんの業務用アクセスポイントさんから蔽遮物無しで4mの距離なのに確かに切れたりつながったりを繰り返してる。。。

windowsアップデートしても駄目でデバイスマネージャーで無線LANのとこ、アップデートしても省エネ設定もどき切っても駄目で、アクセスポイントのファームウェアアップデートは他の人がいるから出来たらしたくない!
とりあえず電話で聞いてみたら、パソコンメーカーのサイトでデバイスのアップデートすると直ることがあるって言われて、やってみたらマジで直った。
しかも他のとこもまとめてアップデートしたら他の動作も気のせいか早く。。。
使用者は喜んでくれたからよかったけど、デバイスマネージャーでの更新ってなんだったんだろう。。。?

windowsアップデートだけしとけばいいや、って渡してたけど、メーカーサイトでデバイスのアップデートまでして渡さないと駄目なんだぁあ、って分かった。
本職これじゃないからきっと忘れそうだからメモ!

首突っ込みたがりの男性同僚に投げたい気もするけど、この人、Dドラのリカバリー領域削除したのよねーーー、と思うと投げるのも怖い。そいつ、その稟議書絶対書かなかったし。
会社PC買って初期起動遅いとか言われるけど、何となくブラインドタッチが出来るようになってからPCに大してクレーム入れてほしい。

だってどんなハイスペックマシン買ってもその打ち込み速度とVBAやDOS、SQLどころか関数も危ういなら宝の持ち腐れじゃあない?

そりゃあ分速はさすがに考えるけど。
商品のデザインについて思う事。
「デザイン」というとやっぱり「機能的で美しい」形状やら色を考えてしまうが、実際のところそんなことは中小企業に可能だろうか?

普遍的な美しさというものは、それまで積み上げた人件費やら社歴から想定されるお金が証明してくれるだけなのではないだろうか。
世界的にも有名なグラフィティアーティストが自身の作品を路上販売したところ、売上は420ドルの売上で、でもそれはしかるべきところで売買されると22万5000ドルという実験があった。
(まあ、1日420ドルも普通は難しいのでやっぱり十分な才能という気もするけど)

しかるべきところにある場合はじっくり見られて価値をはかられる。
路上じゃあチラ見の一瞬で価値を伝えなくてはいけない。

結局、大企業の商品であることでじっくり見るだけの時間が与えられて、中小企業にはチラ見の時間しか与えられない。その中で「機能的で美しい」なんてどうにも曖昧なことは伝えられるない。というか見てる方も一瞬で判断つかない。手にもって「いただかない」とわかんないなんて大それたことをしていただくわけにはいかない。

だから中小企業はひたすら、一瞬でこれが何なのかをわかる商品を作らないといけない。

やっぱり、「これがどういったものだと伝えること」、それがデザインなのではないだろうか。

洋服のデザインはポートフォリオがあって、その後、なんかしてるうちにパッと見では全く違うものがやってきたりもしてる
結局デザインとは伝えるべきことを伝えられたか重要で、デザインされたそれに価値を見いだしてはいけないのではないか。

フェラーリにはフェラーリのラインがあるらしく、ペーパー上でどんなに新しいデザインしてもモデラーがフェラーリなラインを出して完成されるときいたことがある。
現在美しいとされる形状は実際のところ、歴史ある会社が積み上げてきたラインであり、その歴史ある企業であるという自己紹介をしているのであって、それを別の会社がまねたとしてもそれはデザインではないのではないか。

どんなに不格好だったとしても、自分たちが考えるその商品の利点が一目でわかる。そんなことをただ追求していくべきではないのか?
ふと、森山直太朗の「さくら(独唱)」はよく学校などで合唱されているわけだが、
「さくら(独唱)」と紹介しといて、実際のところ合唱が始まってるのか不思議になって調べてみた。

JASRACの作品データベース検索サービスっていうのがあるのでその登録状況を調べてみたところ、同じ作曲・作詞・公
編で「さくら」ってのあった。

これで「さくら(独唱)」といって合唱が始まる事はないとわかった。