飯尾藤次郎(いいおとうじろう、1875年明治8年)2月27日-1943年昭和18年)9月9日)は、日本検察官内務警察官僚政友会系官選県知事愛媛県出身。飯尾東平の三男として生まれた1903年東京帝国大学法科大学法律学科(仏法)を卒業。司法省に入省。岐阜地方兼同区裁判所検事を務めた1907年8月28日、内務省に転じ大阪府警視に就任。以後、高知県事務官警察部長、新潟県事務官警察部長、富山県内務部長、宮城県内務部長、熊本県内務部長、平安北道知事、黄海道知事などを歴任1927年5月7日、沖縄県知事に就任。経済の振興、中等教育の振興、政友会の党勢拡張に尽力1928年12月26日、岩手県に転任。県製糸業界の立て直しのため県是製糸会社設立案を纏めた1929年7月5日、依願免本官となり退官した